<書評>『地方メディアの逆襲』 「矛盾の芽」を見逃さず

 本書を読んで評者も自分自身の経験を思い起こした。地方の民放テレビで記者として仕事し、制作した調査報道ドキュメンタリーに賞が与えられた時、審査員に言われた言葉が浮かんだのだ。「社会の矛盾は地方で顔を出す。芽が出るその現場を見逃すな」。共同通信で編集主幹を務めた原寿雄氏(故人)だった。本書に登場する人たちは地方の現場で見つけた「矛盾の芽」をけっして見逃さず背景に迫る。
 防衛省がミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を住宅近接地に配備しようとした計画のずさんさをスクープした秋田魁新報。右派論客がさかんに喧(けん)伝してSNSで自動的に増大させる「沖縄フェイク」と闘い、県民の住民投票や県知事選でファクトチェックを徹底して「事実」を精査した琉球新報。沖縄の基地反対運動をめぐる『ニュース女子』に代表される“陰謀論””反日”批判、背景にある歴史修正主義の実態をドキュメンタリーで迫った毎日放送。京都アニメーションでの大量殺傷事件で被害者の実名報道の是非を自らに問いかけて報道した京都新聞。地道な調査報道で地域から世直しを訴える瀬戸内海放送。テレビ発ドキュメンタリーから映画に進出して「テレビ」の可能性を模索する東海テレビ。
 それぞれの登場人物が取材の過程で深める疑問や問題意識の変遷の過程がスリリングに描かれている。しかもその人たちを近づきがたい英雄として描かない。悩みを抱えた等身大の人間として再現する抑えた筆致は共感できて説得力がある。
 ネット時代で私たちの周囲は偽情報にまみれている。政府や警察も時に偽りの情報に「もっともらしさ」をまぶして平気で人権を軽視する。残念ながら中央メディアは権力への忖度(そんたく)や批判への過剰な恐れ、不勉強等から報道には消極的姿勢が目立つ。そんな中で地方メディアがうそや不正を暴き、背景を明らかにする姿がリアルだ。
 新聞社も放送局も従来のビジネスモデルから脱却できず経営基盤が揺らいでいる。かつてほど人気業種ではなくなったものの今も報道の仕事を志す若い世代が少なからず存在する。筆者の周囲にもいるそんな若者たちには本書の一読を薦めた。
 (水島宏明・上智大教授)
 まつもと・はじむ 1970年大阪府生まれ。神戸新聞記者を経てフリーライターに。著書に「軌道―福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い」「誰が『橋下徹』をつくったか―大阪都構想とメディアの迷走」など。

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