東京電力福島第1原発の廃炉で最大の難関、溶融核燃料(デブリ)取り出しに向けた作業が最終段階を迎えようとしている。2号機のデブリ取り出しに使うロボットアームが福島県楢葉町に運び込まれ、総仕上げの訓練が始まった。年内にも始まる取り出しに挑むのは東電の若手9人のチーム。原発事故で避難を強いられながら故郷の復興を志して入社した女性や、父子2代で第1原発の運転員を務めた男性も加わる。(共同通信=広江滋規、小嶋大介)
▽世話役のロボット
2号機は2011年の事故で燃料が溶け落ち、原子炉圧力容器を突き抜けて原子炉格納容器の底にデブリが広がる。格納容器内部は毎時80シーベルトの強い放射線が人の立ち入りを拒む。廃炉の成否の鍵を握るのは遠隔操作でデブリに迫るアームだ。チームは、原寸大の格納容器の模擬設備がある楢葉町の研究施設で半年かけてアームの動作確認試験を行う。
アームは、伸縮式で最長約22メートル、重さ約4・6トン。伸ばしてもたわまないよう、根元は高強度のステンレス鋼で造られ、先端部はアルミやカーボンを用いて軽量化している。
アームの先端に金ブラシなどのデブリ回収装置を取り付けるのは“世話役”のロボット「双腕マニピュレーター」が担う。国際廃炉研究開発機構(IRID)と三菱重工業が英国の原子力関連企業と共同開発し、昨年7月に英国から三菱重工の神戸造船所(神戸市)に運び込まれた。
▽8面モニター
「私にとって、復興の第一線は第1原発」。マニピュレーターの操作を担当するのは、福島県楢葉町出身の岩渕美咲(いわぶち・みさき)さん(27)だ。18年に東電に入社後、第1原発5、6号機の当直勤務を経てチームに加わった。
頭上からぶら下がった2本の腕のような操作装置をつかんで動かすと、格納容器から出る空気を閉じ込める「エンクロージャー」と呼ばれる密閉容器内のマニピュレーターが同様に動く。8面ものモニターを通した遠隔操作には空間認識能力が欠かせない。
「初めてだとカメラを見てピンポン球をつかむだけでも大変なんです」と岩渕さん。神戸での初期訓練ではマニピュレーターを直接見ながら積み木や輪投げから始め、次第に遠隔操作でペンをつかんで迷路をなぞるなど細かい作業に移った。遠近感がつかめず空振りを繰り返すこともあった。
マニピュレーターの操作は、部品を落とすなどのトラブルが廃炉工程の遅延につながりかねない。岩渕さんは「故郷の復興に寄与できることがあれば、一端を担いたい」との思いでオペレーターを志願した。
▽着の身着のまま逃げた私
岩渕さんの自宅は第1原発の南約15キロにある。11年前の事故当時は地元の高専1年。春休みを自宅で一人で過ごしている時に午後2時46分を迎えた。家が崩れる―。強い揺れを感じ、とっさに庭に飛び出すと、雪が降る中、近所の人も庭に出て不安そうな表情を浮かべていた。
避難指示を受けて着の身着のまま父親の実家があるいわき市に逃れた。親戚の家を点々とした1カ月後、学校が再開されるので制服を取りに一時帰宅すると故郷は一変していた。「生活の匂いがなくなっていた。廃虚のような異様な感じ」
両親が若いころに建てた家は、歩いて行ける範囲に何もなく不便だと思っていたが、週末になると近くの山で湧き水をくんだり、家族で海に行ったりするのが楽しかったという。避難生活が長引くと「太平洋から昇る日の出が恋しい」と懐かしむ自分がいた。就職活動で東京の企業のインターンシップもしたが、故郷の復興のため何ができるのか考えるようになり、東電に入社する決断をした。第1原発配属となり母親は放射線を心配したが、迷いはなかった。
▽「何もできなかった…」
デブリに迫るロボットアームを操作する石倉友樹(いしくら・ともき)さん(32)は08年入社で第1原発の運転員だった。5号機のタービン建屋でボイラーの点検中、東日本大震災が発生した。「自分が回転しているような」すさまじい揺れに見舞われた。
チーム入りを志願したのは、事故当時、自身が何もできなかったという悔しさがあったから。「上司の指示にただ従って復旧作業に当たることしかできなかった。自分が主体になって第1原発の廃炉に携わりたい」と決意を語る。
格納容器側面の内径約55センチの貫通口にアームを差し込み、内部の構造物に接触しないようにデブリを目指す。複数の関節を持つ長いアームは極めて繊細だ。「内部の放射性物質や水素の濃度などさまざまな数値の変化にも気を配る必要がある。運転員の経験が生きる」と話す。
第1原発で運転員を務めた父からは「廃炉の本丸となる作業。責任を持ってやるように」と言葉を掛けられた。「自分の手でデブリを取り出したい」と意気込む。
チームを統括する山本正弘(やまもと・まさひろ)グループマネジャー(45)は岩渕さん、石倉さんらチーム員に期待し「リスクが高い作業を東電直営でやって廃炉の責任を貫徹したい」と話した。
▽最初に取り出すのは数グラム
メルトダウン(炉心溶融)した1~3号機に残るデブリは総量約880トンとの推計もある。1号機では2月8~10日に格納容器の内部調査が実施され、水没した圧力容器の土台開口部付近でデブリの可能性がある堆積物が初確認された。堆積物は黒色のでこぼこした塊で、表面には茶色の沈殿物がみられた。厚さや硬さなどは不明。水中カメラが開口部に近づくと、カメラ映像は放射線の影響で乱れ、奥には大量の堆積物が写る。
3号機は17年7月にデブリとみられる岩状の塊が撮影されている。東電は、2号機の次に3号機でデブリ取り出しの検討を進め、1号機に展開するとしている。今回、2号機で取り出すのはわずか数グラム程度にすぎず、廃炉の道のりは長い。