中国、「五輪休戦」違反にだんまり 市民はロシアの除外を知らされず

北京冬季パラリンピックの開会式で平和を訴えるIPCのパーソンズ会長=4日、北京(共同)

 ロシアのウクライナ侵攻で戦渦が拡大する中、北京冬季パラリンピックが続いている。国際パラリンピック委員会(IPC)は、五輪・パラ期間中や前後の休戦を決めた「五輪休戦決議」に違反すると非難。開幕直前にロシアとベラルーシを排除し、反発するスポーツ界に同調した。だが、ロシア寄りの立場を堅持する開催国の中国は、沈黙を守り、13日までの大会を乗り切ろうとする“本音”も垣間見えた。(共同通信=浜口健)

 ▽IPC会長あいさつの通訳をテレビが省略

 「いま世界で起きていることにショックを受けている。21世紀は戦争と憎しみではなく、対話と外交の時だ」

 「『五輪休戦決議』は国連総会で193の加盟国の合意で採択された。違反せず、尊重、順守しなければならない。ピース(平和を)!」

 4日の開会式、IPCのパーソンズ会長はあいさつで反戦を訴えた。中国映画界の重鎮、張芸謀(チャン・イーモウ)監督が手掛けた式典の演出は大会開催を祝う明るさで満ちあふれ、パーソンズ会長のあいさつだけが戦時下の「平和の祭典」を実感させた。

北京パラリンピックの開会式=4日、北京(共同)

 会場で見たパーソンズ会長の姿には、休戦決議がいともたやすく破られたことへの憤りが感じられた。

 しかし、中国当局はあいさつを検閲、国営中央テレビは中継番組で中国語への通訳をところどころ省いた。手話翻訳者も手を止めていた。

 新華社記事を基に携帯アプリで行われた中国語の文字中継でも「戦争」「五輪休戦決議」「平和」の箇所は省かれていた。中国の会員制交流サイト(SNS)では、省略部分を解き明かす投稿や戦争反対のメッセージへの共感が書き込まれたが、次々に削除された。

 スポーツ専門ニュースサイト「インサイド・ザ・ゲームズ」によると、IPCは今回の検閲について、国営中央テレビに説明を求めている。

北京冬季パラリンピックの開会式で平和を訴えるIPCのパーソンズ会長=4日、北京(共同)

 イタリア人記者も「大国となった中国がどう対応するか注目していた。何事もなかったような振る舞いに違和感を覚える」と首をかしげた。

 ▽ロシアなど不参加の混乱を知らない市民

 ウクライナ問題を巡る中国の意思を、北京五輪・パラの取材現場で感じたのは開会式前日の3日だ。

 IPCはこの日、緊急理事会で、ロシアとベラルーシの選手を「中立」の立場で参加を認めるとした2日の決定を覆し、参加を認めないことを決めた。パーソンズ会長は「選手村の雰囲気がかなり悪い。ボイコットの可能性さえも出てきた」と緊急記者会見で説明。反ロシアで固まった各国選手団の意思に、驚きを隠せないような様子だった。

 開幕直前になっての見直しは、世界を驚かせた。多くの海外メディアが速報し、パーソンズ会長には質問が殺到。一方で中国メディアは沈黙を守った。記者会見の壇上にも、中国側メンバーの姿はなかった。

 パーソンズ会長に続いて報道陣の前で話したのは、ウクライナ・パラリンピック委員会のスシケビッチ会長。「IPCに感謝する。ロシアは国際法に違反し、多くの人々を殺した」と述べ、こう続けた。「この瞬間にも母や父、娘、息子が殺されているかもしれない。ファイト・フォー・ピース、ストップ・ザ・ウォー!」

記者会見sルウクライナ・パラリンピック委員会のスシケビッチ会長(右)=3日、北京(共同)

 スシケビッチ会長は、ウクライナの選手らが命がけで訪中したことにも触れ、大会参加を「奇跡だ」と訴えた。

 しかし、中国国内では両国選手の排除を巡る報道は抑えられた。わずかに報じられたのは、国営通信新華社が3日深夜に配信した短い英文記事だけ。北京五輪・パラ公式新聞の「北京日報」や、中国語の大会ホームページでも説明はない。IPCが「中立」での参加を容認して窮地に立たされたことや、スシケビッチ会長の訴えも伝えられなかった。

 インターネットで情報は出回ったものの、今も何も知らない中国人は多い。複数のボランティアや、電話で感想をたずねた旧知の中国人は口をそろえてこう言う。「え、ロシア出てないんだ」

 ▽はぐらかす中国メディア

 北京冬季五輪・パラに合わせた休戦決議は、昨年12月の国連総会で採択された。期間は、北京冬季五輪開幕の1週間前から北京パラ閉幕の1週間後まで。何の法的拘束力もないが、スポーツと五輪の理想を通じ「平和でより良い世界を訴えること」が狙いだ。国連総会では開催国が提案するのが通例のため、中国が提出した。

北京冬季パラリンピックの開会式を前に、横断幕を掲げて反戦と平和を訴えるウクライナ選手団=4日、北京(ウクライナ・パラリンピック委員会提供、共同)

 「五輪休戦決議は、非常に重要な平和のシンボル。結束と団結のメッセージが今まで以上に必要だ」。国連のグテレス事務総長は北京五輪開会式出席のため訪中し、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とともにこう話し、順守を呼び掛けた。

 ただ、ロシアの五輪休戦決議違反は今回で3回目だ。2008年北京夏季五輪時にはジョージア領内に侵入して軍事衝突し、14年ソチ冬季五輪直後にはウクライナ南部クリミア半島に軍事介入している。

 常習犯とも言えるロシアの決議違反にIOCは強く反発。ロシアとベラルーシの選手や役員を国際大会から除外するよう、全ての国際競技連盟(IF)や大会主催者に勧告した。プーチン大統領に贈った、五輪運動への貢献をたたえる「五輪オーダー(功労章)」の剥奪も決めた。

 それでも中国はあいまいな態度を続ける。中国外務省スポークスマンは、両国排除について3日の記者会見で問われると「(中国側の)大会組織委員会に聞いて」と回答を避けた。

会談前の写真撮影に応じる中国の習近平国家主席(右)とロシアのプーチン大統領=2月4日、北京(AP=共同)

 同国の組織委幹部も「開催国として人々のコンセンサスと団結を強化する」と記者会見ではぐらかし、休戦決議違反にも言及しなかった。

 ▽欧州サッカーの放送も中止に

 中国によるロシア擁護の姿勢は、他のスポーツの場面でも及び始めた。

 サッカーのイングランド・プレミアリーグとドイツ一部リーグについて、中国で放映権を持つオンラインサイトは、中継を中止すると発表した。

イングランド・プレミアリーグのスタジアムでは、試合前に電光掲示板で、ウクライナとの国旗で「連帯」が強調された=6日、英マンチェスター(ゲッティ=共同)

 プレミアリーグは全チームがウクライナを支持し、ロシアを批判。試合でウクライナの国旗カラーを身に付けるなど、ウクライナへの「連帯」を表明する方針を打ち出し。中国メディアによると、ドイツ1部リーグも同様の方針を掲げている。

 中国のニュースサイト「網易(ネットイース)」はこう解説している。「ウクライナとロシアの戦争で中国は中立の立場にあり、両リーグの主張と隔たりが大きすぎる。『スポーツと政治は無関係』であり、ウクライナ支持を掲げる両リーグの試合は放送できなくなった」

各国報道陣が集まるメインメディアセンター(MMC)に掲げられた大会スローガン=9日

 「平和の祭典」であるはずの北京大会が、むき出しの国家暴力によって罪のないの人々の命や日常生活を奪っている最中に実施されている。「共に未来へ(一起向未来)」と大書された大会スローガンが色あせて見えた。

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