小泉今日子「キスを止めないで」実はクラブカルチャーを象徴するアンセム?  小泉今日子 デビュー40周年のアニバーサリー・イヤー!

小泉今日子の大きな転換期「キスを止めないで」

アイドルのままで、アイドルらしからぬ変幻自在のスタイルで八面六臂の活躍をした小泉今日子の80年代。彼女の姿がブラウン管に映らぬ日はなかったし、チャンネルをザッピングしながら、その笑顔を見かけたらしばし右手の動きを止め画面を見入るという日常がずいぶんと長い間続いていた。そしてそれは今も変わらない。

「真っ赤な女の子」でのショートカットの衝撃、その流れの中でブラウン管から多幸感と胸の高鳴りを振りまいていた「艶姿ナミダ娘」~「渚のはいから人魚」の流れ、「ハートブレイカー」でのHR/HMへの叙情的な挑戦、「なんてったってアイドル」で従来のアイドル像をぶち壊した痛快さ―― そのシチュエーションは枚挙にいとまがないのだが、その中でも個人的に大きな転換期のひとつだと思っているのが、1987年10月21日にリリースされた「キスを止めないで」だった。

当時、小泉さんはデビュー5年目の21歳。キャリアの長さから考えてみても、大きな転換期を迎えようとしていたことに疑う余地はない。そんな時、彼女がアイドルのままで、それも新たな常識を打ち立てたアイドルとして君臨できた大きな要因は女性ファンの獲得であったと思う。

ディスコからクラブへ、変わりつつあった若者文化の舞台

時は1987年。この年、ストリートにおける大きな変貌と言えば、ディスコの衰退とクラブカルチャーの台頭だった。高校生を主体とするティーンエイジャーのパラダイスだったフリーフード、フリードリンクのディスコの人気が衰退し、カフェバー、クラブといった “背伸びしたい大人の遊び場” が一気に隆盛を極めていった時代だ。

クラブが盛り上がりを見せるのは夜の深い時間だった。これまで夕方のネオンに飲まれて盛り場に出掛けるという夜遊びスタイルは、家でまったりしたり、軽くゴハンを食べてから街の外れにある一見ひっそりしたクラブの扉を開けるという文化に変わっていった。ひっそりした深夜の空気とこれに相反する扉の向こう側から聴こえる大音量のグッドミュージック。このうねりに吸い込まれていくのがクラブで遊ぶ醍醐味だったと思う。

僕もこのカルチャーの渦中にいたのだが、西麻布あたりで出会う背伸びしたがりの最先端の女の子というのはヴィヴィアン・ウエストウッドのワンピースなんかをカッコよく着こなし、憧れの二大巨頭は、前髪パッツンのロングヘア、モデルの中川比佐子さんかショートスタイルの小泉さんだった。

そしてみんな岡崎京子さんのマンガが大好きで、『ジオラマボーイ☆パノラマガール』や『ROCK』なんかのショートカットの主人公に感情移入していたはずだ。テレビのトップテン番組や作られた偶像としてのアイドルには全く興味がない彼女たちだったが、あくまでも自然体で変幻自在、コミックスの主人公のような小泉さんには夢中だった。

アンダーグラウンドなシーンでも熱烈的に受け入れられた小泉今日子という存在は、翌年の『ナツメロ』、その後の『No.17』、『Bambinater』(KOIZUMIX PRODUCTION名義)などでクラブシーンと密接なつながりを見せていく…。

クラブカルチャーを象徴する「キスを止めないで」

しかし、もっともっと心情的な部分と時代背景を加味したうえで、この「キスを止めないで」こそが、クラブカルチャーを象徴していた歌であったと僕は思えてならない。

僕らのディスコの時代は12時クローズドというのが通常だったが、クラブではみんなだいたい朝まで遊んでいた。パワフルな時代だったなとも思う。

クラブの醍醐味は流行を体現し、音楽に親しむだけではなかった。恋に友情に喧嘩…。人生において大切なことのすべてを学べる社交場であったことは言うまでもない。明け方、クラブの重い扉を開けた瞬間、街を包み込む朝の匂いと朝焼けの色が今も思い出の1ページとして脳裏に鮮やかに残っている元クラブキッズはたくさんいるだろう。

普遍的な色合いを醸す野村義男のメロディ

確かにこの「キスを止めないで」は当時最新の音作りとは言えなかった。野村義男が楽曲を手掛けたハードロックテイストが垣間見られるメロディはキャッチ―で、どちらかと言えば普遍的な色合いを醸し出している。それなのに、小泉さんが情感を込めて歌うこの曲の一節が、今聴いても、一瞬にして当時へタイムスリップさせてくれる。

 ねぇキスを止めないで
 あのビルの右が明るくなれば
 夜が明けるから
 ここで待っていようね
 2人は雨に隠れながら
 ロマンティックになれてしまう
 いつもどこかが意地っぱりで
 言えなかった事が言えるわ…

―― そう、この曲は、目一杯お洒落をしてつっぱって、同じ場所で朝を迎えた元クラブキッズたちのアンセムに思えてならない。そして、小泉さんがメインストリートとアンダーグラウンドの境界線を越えて、あらゆるタイプの人種に愛されたことを象徴する1曲でもある。

1987年小泉今日子は、またひとつ新たな壁を乗り越え、アイドルの常識を変えていったのだった。

カタリベ: 本田隆

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