「あの日」の重さ

 東日本大震災の発生から11年になった昨日、今更のように考えた。どうか語り継いでほしい-と私たちが願うのはいつも、当事者にとっては“忘れてしまいたい記憶”ばかりなのかもしれない▲東北の「3.11」ばかりではない。神戸の「1.17」も、雲仙の「6.3」も、広島と長崎の「8.6」と「8.9」も-忘れてはならない日付とともに語られるのは、誰かが九死に一生を得た日のこと、大切な誰かを目の前で奪われた日のこと、日常が一瞬で破壊され尽くした日のことだ。苦しく悲しい記憶を掘り起こして紡がれる言葉の重さを改めて思う▲大規模災害が繰り返し襲った平成の30年間、人々の行動は少しずつ、しかし、確かに変わった。かわいそうで・痛ましくて・気の毒で「見ていられない」…そんな光景を目にした時、こう考える人が増えた▲自分にできることはないか、この場所からできることはないか、現地で役に立てないか-。ただ「見ていられない」だけではない。「黙って見ていられなく」なった▲平成の私たちが手にしたのが、そんな善意の「瞬発力」「機動力」だとしたら、令和の今、試されるのは寄り添う気持ちの「持久力」だ▲絞り出すように語られる「あの日」の重さに応えられているか。「忘れていない」-が問われ続ける。(智)

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