ノブコブ徳井健太 「面白いのが正義」「売れるのが正義」のせめぎ合いとは

お笑いコンビ・平成ノブシコブシの徳井健太(41)が人気芸人21組を考察した「敗北からの芸人論」(新潮社)が好調だ。2月28日の刊行から3日で重版が決定した。文中では常に「面白いのが正義」と「売れるのが正義」がせめぎ合う。2000年のコンビ結成後、10年のフジテレビ「ピカルの定理」で躍進し、13年の番組終了後は相方の吉村崇に隠れる立ち位置だったが、18年のテレビ東京「ゴッドタン」出演をきっかけに、エールを送り続ける〝悟り芸人〟として再ブレーク。紆余曲折の芸人人生を歩んできた男は、二つの正義に優劣をつけなかった。

北海道から上京し、東京NSC出身の徳井は「大阪と東京には真逆のパターンがあって『売れるのが正義』と『面白いのが正義』が東西で入れ替わる。僕が若手の時は、東京は売れるのが正義、大阪は面白いのが正義、でしたね」と回想。東京は銀座7丁目劇場での極楽とんぼ、ココリコ、大阪では千原兄弟、ジャリズム、バッファロー吾郎らの名前を挙げて当時の状況を説明した。

「僕はダウンタウンが好きで、売れるよりも面白い方が格好いいと思っていました。だから、大阪の芸人には負けないぞ、という気持ちは1ミリもなかったので、千鳥さんや小籔(千豊)さんの言うことは素直に聞くことができました。大阪の芸人のように、朝まで飲んでお笑い論や誰が一番面白いのかを語り合って、次の仕事を遅刻する姿に憧れていましたね」

現在は大阪が「売れるのが正義」にシフトチェンジしていると感じる徳井。著書では、かまいたちを〝令和のハイブリッド芸人〟と評して、鎌鼬からかまいたちに改名したのは売れる決意のはじまりと考察。プライドを捨てた濱家、好感度を捨てた山内、目的は金と言える山内の透明感、昭和の芸人の空気を持つ濱家、と前向きな論調でエールを送り続けている。

一方で「面白いのが正義」となった東京の一例として、ニューヨークの名前を挙げた。著書では、面白いのに売れなかった、売れたいのに面白いと思われようとしていた、と大喜利ライブに励んでいたふたりの矛盾を考察。その上で2019年のM―1決勝で松本人志の講評に対して「最悪や!」と返した屋敷を絶賛、覚醒した瞬間だと褒めている。

ダウンタウンより面白くはなれない、という絶望から始まった徳井の芸人人生。「ピカルの定理」出演前から、体を張り常識や良識を破る〝サイコ〟キャラで評判を集めた。ヤギの睾丸を食べ、高所から飛び降り、現在なら炎上必至の暴言を吐きまくった。「江頭(2:50)さんが昔、テレビで水中に潜って窒息しそうになったことがありましたよね。僕は全然及ばない芸人ですが、その気持ちは分かるんですよ。面白くなるなら死んでもいいと思っていましたから」。13年以降は露出を増やす吉村とは距離を置き、自身の趣向に沿ったお笑いライブを立ち上げ向き合った。そして〝悟り芸人〟になった今を「楽になりました。もうコントをしなくていいんだ、という気持ちです」と捉えるようになった。

とがった笑いに突き進んでいた芸人が、テレビでマイルドな笑いを提供し、コメンテーターやMCの仕事が増え出すと、お笑い好きの一部から「魂を売った」「お笑いを捨てた」と冷やかされることがあると聞く。徳井は著書の中で売れない芸人が辞めていく悲哀は書いても、二つの正義に優劣はつけていない。最悪だった吉村とのコンビ仲が、結成15年で〝兄弟〟のように好転し、吉村に感謝の気持ちすら抱くようになった現在の関係が、その理由を体現しているように感じた。

徳井健太「敗北からの芸人論」帯裏 取り上げた芸人、テーマとは
徳井健太「敗北からの芸人論」帯付の書影

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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