養子縁組で相続が複雑になってしまうことも?2つの事例でプロが解説

血縁関係がない親子関係という家族の形も少なからずあります。そんな場合、「養子縁組」を行うことで、様々な相続上のメリットがありますが、思わぬ法律の落とし穴もあるのです。今回は、相続対策として養子縁組という選択肢をとった場合に気をつけてほしい2つの事例を紹介します。


【事例1】祖母の相続人ではなかった孫 ~養子縁組と代襲相続~

北口猛さん(45歳、仮名)は、父親亡き後、祖母の介護をしてきました。その祖母が亡くなり相続手続きをしようとして分かったことは、自分は祖母の相続人ではないということでした。いったいどうしてでしょうか。

相談者 北口猛さんは、父親(勝、仮名)と母親、父方の祖母と一緒に暮らしていました。
勝さんは、祖母の実の子どもではなく、祖父(平成26年9月1日死亡)の前妻との間の子どもでした。祖母からすると夫の連れ子です。

連れ子(前夫または前妻の子ども)は、親が結婚したからといって戸籍上再婚相手の子どもになることはありません。個別に養子縁組をすることによって戸籍上の親子関係が生じるのです。

祖父母が結婚した当時、祖母は勝さんを養子にすることはしていませんでした。

しかし、祖父母ともに年老いてきたことで終活、相続のことを考え始め、養子縁組を検討することになりました。なぜなら、祖母には、祖父との間に子供がいないこと、祖母の両親もすでに他界していることから、祖母が亡くなった際は祖母の兄弟姉妹が相続人になってしまうためです。

祖母は、勝さんに全ての財産を引き継いで欲しいと考えていました。そこで、祖父が亡くなる3年前の平成23年7月1日に、祖母と勝さんは養子縁組を行いました。これで祖母が亡くなった場合には、勝さん一人が相続人となり手続きがスムーズに進む予定でした。

祖母より先に父が亡くなったことにより事態が複雑に

時が経ち令和2年11月25日、祖母に先立ち、猛さんの父親、勝さんが亡くなりました。勝さんが亡くなった際の相続人は、勝さんの配偶者(猛さんの母親)と猛さんの2人で、問題なく遺産分割協議を終えることができました。

祖母が亡くなったのは、その1年後の令和3年4月30日でした。祖母の相続手続きをする際に金融機関で言われたことが「猛さんは祖母の相続人ではない」ということでした。

被相続人(亡くなった人)の子どもが相続開始前に死亡していた場合、その子どもが代襲相続することはご存じの方も多いでしょう。

今回のケースを当てはめると、被相続人(祖母)の子ども(勝さん)が相続開始前に死亡していた場合、その子ども(猛さん)が代襲相続人になるということですが、養子縁組によって子どもになった場合、注意が必要です。

養子縁組のタイミングによって相続が変わる

民法では、被相続人の子どもであっても「被相続人の直系卑属(※)でない者」につき代襲相続を否定しています(民法887条2項但書)。

そこで、養子(勝さん)の子(猛さん)が「被相続人(祖母)の直系卑属でない者」にあたるのかが問題となります。

これは大審院(旧憲法下で最高の司法裁判所)での判決があります。そこには、
(1)養子縁組前に生まれた養子の子は、養子の親との間に何ら血族関係はない。
(2)養子縁組後に生まれた養子の子は、養子の親と血族関係になる。
とあります。

猛さんが生まれたのは昭和50年5月3日、猛さんの父、勝さんが祖母と養子縁組を行ったのは平成23年7月1日でした。上記(1)に当てはまり、養子縁組前に生まれた養子(勝さん)の子(猛さん)は、養子の親(祖母)との間になんら血族関係はない。ということになるのでした。

祖母に子どもがいないということで勝さんを養子にしたところまでは良かったのですが、年齢から、祖母が先に亡くなる前提に誤算がありました。人の寿命は順番にはいきません。養子の勝さんが先に亡くなったことで結果的には祖母のきょうだいが相続人になってしまったのです。

※直系卑属とは、子・孫など自分よりも後の世代で直系する系統の親族のことで、養子も含まれます。

どうすればよかったのか?

ではどうすればよかったのでしょうか。

祖母の相続対策のために勝さんを養子にすると決めた際に、どのようなことが起こりうるか、メリット、デメリットを相続の専門家に確認することです。一見養子縁組すると安心と思いがちですが、今回のケースにように養子縁組した日と、養子の子の生まれた日で明暗を分けることになりかねません。

【事例2】養子縁組することで相続関係が複雑に 〜独身者との養子縁組〜

南川敏夫さん(仮名、70歳)とトモ子さん(仮名、70歳)夫婦は、10年前にお互い再婚同士で結婚しました。敏夫さんには子どもはおらず、トモ子さんの連れ子の邦男さん(仮名、40歳)が一人いました。敏夫さんはトモ子さんと籍を入れると同時に邦男さんとも養子縁組を行いました。邦男さんは現在独身で、実家近くで一人暮らしをしています。

邦男さんは、自身の終活の相談について専門家に相談しに行った際、相続で問題が起こりうることを知らされました。

敏夫さんとトモ子さんはお互いが亡くなった時には配偶者と邦男さんが相続人となり財産を引き継げることになっています。ところが両親よりも先に邦男さんが亡くなったときに起こることを両親は考えていなかったのです。

邦男さんが先に亡くなったらどうなる?

邦男さんは敏夫さんの養子になりました。これは「普通養子縁組」といって、邦男さんからすると実の親(トモ子さんとトモ子さんの前夫)と養親(敏夫さん)のどちらの相続人にもなるということなのです。逆にいうと、現在未婚の邦男さんが亡くなった時の相続人は、実の親(トモ子さんとトモ子さんの前夫)と敏夫さんです。トモ子さんの前夫がそのとき生きていれば3人で遺産分割協議を行うことになるのです。

敏夫さんからするとトモ子さんの前夫と遺産分割協議をするなんて思ってもみなかったことでしょう。今後、邦男さんが結婚して子どもを授かるまたは養子縁組をする可能性はありますので、家族関係の状況の変化には注意が必要です。

養子縁組の前にはデメリットも必ず確認を

上記2つの事例はどちらも年齢の順番に亡くなっていくことを想定して行った養子縁組です。しかし、人の寿命は年齢の順ではないこともあります。そのため、養子縁組で相続対策をしても効果がない場合があるのです。

養子縁組はほかの相続人への影響も出てきますので安易に行わず、相続の専門家に相談してください。また、良い面ばかりに目を向けず、起こりうるリスクもしっかり理解したうえでいろんな場面を想定して行うようにしてください。さらに、養子縁組とともに遺言書の作成を行うなど状況に応じて複数の対策をされることも、ご相談の中の選択肢としてお考えください。

行政書士:藤井利江子

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