韓国大統領選は、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦氏が大激戦を制した。文在寅政権への不満から政権交代を求める声に後押しされ、辛くも逃げ切ったが、革新系与党「共に民主党」の李在明氏との得票率の差は、憲政史上最も小さい0・73ポイント。地域や世代、若者世代の男女間などでも支持候補が大きく異なり、社会の分断を象徴する形となった。尹氏は分断修復を目指し「国民の統合」を最優先課題に掲げるほか、対日重視の姿勢も見せているが、自他共に認める「政治初心者」。手腕は未知数だ。(共同通信=上嶋茂太)
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▽言行不一致
「(文在寅)政権の実態を正確に見て審判を下そう」。選挙運動最終日の8日、尹氏はソウルで最後の訴えに臨んだ。
今回の大統領選はもともと野党有利と目されていた。各種世論調査で「政権交代」を望む意見が「政権継続」よりも常に上回っていたためだ。
背景には文政権への怒りがある。朴槿恵前大統領の前代未聞の不祥事を経て発足した文政権は「公正な社会の実現」を掲げたが、言行不一致が続発した。
象徴されるのは、自分の子どもが大学入試で有利になるよう不正を行ったとされる曺国元法相の事件。不動産価格の高騰も反発を呼び、選挙戦では尹氏も李氏も支持を得ようと大規模な住宅供給を約束した。
▽不安で混戦
特に失望感を募らせたのが18歳~30代の若者世代だ。本来は革新傾向が強い世代で、2017年の前回大統領選でも文氏の当選を後押ししたが、「期待が大きかった分、腹立ちも大きい」(28歳の大学院生)。今回の選挙のキャスチングボートを握る存在となった。
しかし、若者世代の多くが政権交代を望んでいるのに大混戦となったのは、「政治初心者」の尹氏への不安感が強かったためだ。
朴前大統領の事件で壊滅的な打撃を受けた保守勢力は、生え抜き候補の擁立に事実上失敗。「反文政権の象徴」となった尹氏を担ぎ出したが、失言の連発や内紛を引き起こすなど経験不足は明らかで、本人や家族を巡る疑惑発覚も相次いだ。
尹氏を選んだ人も全幅の信頼を抱いて一票を投じたわけではない。ソウル近郊・南楊州市の大学生、キム・チャンさん(22)は「文政権への反発から尹氏を支持したが、正直、就任後にどういう国をつくりたいのかがいまだに見えないままだ。大統領一人で国政を行うわけではないので大丈夫だとは思うが…」と明かしていた。
▽尊敬できない
一方の李氏もネガティブなイメージがつきまとったのは同じだ。行政経験をアピールし、尹氏との違いを強調したが、都市開発を巡る疑惑や兄嫁への暴言の録音が流出するなどスキャンダルは絶えなかった。ソウル近郊・利川市の大学生、金東奎さん(21)は「実績は認めるが、人として尊敬できない」と話す。
「なってほしい候補を選ぶのではなく、なってほしくない候補を避ける選挙」とやゆされ、棄権者続出の懸念が出ていた今回の選挙だが、投票率は77・1%で前回とほぼ同じだった。
ただ、関心の高さは不安の裏返しの側面もあった。南楊州市の大学生、金台勲さん(22)は「国民が監視していることを示したい」との思いで1票を投じたと説明。新政権が期待を裏切らないようくぎを刺していた。
▽長い夜
与野党候補の大接戦が続いていた中、投開票日6日前の尹氏と中道野党「国民の党」の安哲秀氏が劇的に一本化で合意した。安氏は10%前後の支持率があったため、国民の力関係者は「少なくとも一部は流れてくる。大いに有利だ」と説明。同党の李俊錫代表が「10ポイントほど差がつくこともありえる」と述べるなど、楽観論も出ていた。
しかし、9日の投票終了後にテレビ局3社が発表した出口調査では、尹氏が48・4%、李氏が47・8%でほぼ横一線だった。そのまま膠着状態が続き、結局、開票作業が最終盤に入った10日午前3時を過ぎてようやく当選確実が報じられ、決着を見た。自宅で待機していた尹氏は記者団への第一声で「とても長い夜だった」と率直な感想を漏らした。
▽正反対
注目されていた若者世代の投票動向は、男女で大きく分かれた。特に20代は正反対と言え、出口調査によると男性の58・7%が尹氏に投票したのに対し、女性は58%が李氏を支持した。
原因は明確だ。男性を優遇する風潮がなお残る中で、文政権は女性差別解消政策を進めたが、若い男性からは「逆差別だ」との声が上がっていた。尹氏はこうした若い男性の票を狙い、「女性家族省」の廃止を公約に掲げたが、「政治が男女対立をあおっている」との批判が続出。反発した女性層が李氏に流れたと指摘されている。
もともと韓国では、歴史的経緯から保革の対立が激しく、地域や世代間の確執も招いてきた。双方の候補が互いの非難合戦を繰り返した今回の選挙戦を経て、対立はさらに増幅した。
こうした点を意識してか、尹氏は10日午前4時過ぎから行った勝利宣言で「レースは終わった。地域や陣営、階層に関係なく国民は一つだ。私は国民の統合を最優先にする」と決意を表明した。
同日、電話で祝意を伝えた文在寅大統領も「選挙での分裂を洗い落とし、国民が一つになる統合が重要だ」と要請。尹氏は検事総長時代に文政権と激しく対立したことをきっかけに野党側から出馬した経緯がある。勝者と敗者に分かれた因縁の2人がそろって言及するほど問題は深刻化している。
▽復讐
また、尹氏が統合を訴えるのは、就任後の国会では国民の力が「少数与党」となることも一因だ。共に民主党は定数300のうち172議席を誇る。同党の協力なしでは首相の就任や法案の通過もままならない。
尹氏は当選記者会見で「与党であれ野党であれ、国家と国民のために働こうと国会に来た人たちだ。私は信じている」と与野党協力に期待を寄せた。
しかし、尹氏は選挙戦で政権交代を求める支持層を意識し、文政権や共に民主党を「無能で腐敗している」と継続して罵倒。当選後には文政権の不正を捜査する意向も示してきた。
尹氏を支持するソウル近郊、利川市の造園業、全商植さん(65)は「就任したら、文政権も李氏の都市開発疑惑も当然捜査しなければならない。目をつぶれば、公正な社会とは言えない」とまくし立てる。
高齢者を中心とする国民の力の「岩盤支持層」には、文政権や李氏に復讐心を募らせる人も少なくなく、尹氏としても無視しづらい面がある。
尹氏は10日の記者会見で、李氏の疑惑について「今日はその話はしない方がよいのではないか」と述べるにとどめたが、捜査が始まれば、再び国が二分される事態を招くのは必至だ。
▽危うさ
一方、尹氏は選挙戦から一貫して悪化した日韓関係を改善させる意向を示してきた。当選後の記者会見でも、日本と「未来に向けて協力する」と表明。歴史問題など懸案解決のため「膝を突き合わせる必要がある」と述べた。日本側の期待も少なくない。
ただ、尹氏は選挙戦でのテレビ討論で、朝鮮半島有事の際に自衛隊が介入することを容認するような発言を行い、物議を醸したこともある。
韓国では、日本の植民地支配を受けた経験から自衛隊への拒否感が強い。不用意な回答で国民感情を刺激したことは間違いなく「政治初心者」ならではの危うさがつきまとう。
加えて、日韓関係改善には元徴用工問題などの歴史問題の解決が欠かせないが、韓国側が大きく譲歩した場合は国内世論が反発するのは必至だ。韓国の専門家は「国会での基盤が弱い中、大きな政治決断をするには、反発世論を押さえ込めるだけの高い支持率がないと難しい。当面は安全運転に努めるのではないか」と述べ、過度の期待を戒めた。