「みんな苦労した。だから中国人でも韓国人でも誰でも受け入れる。教育が差別をなくした」 広島にある多様性と包容力のデイサービス

ゲームを楽しむデイサービス利用者たち=2月22日午後、広島キリスト教社会館

 差別と貧困、そして原爆。苦難の人生を歩んだ高齢者らが通う介護施設が、広島市西区にある。「広島キリスト教社会館」は1957年、中国地方最大とされる被差別部落を支援するため設立され、保育園と学童保育事業を中心に歴史を刻んできた。95年に高齢者デイサービスを併設。地域に多く住む在日コリアン1世も通った。

 3年ほど前から、中国残留孤児とその家族や、知的障害者の受け入れも始めた。被爆者の女性が「差別に遭った私らじゃけえ、誰とでも仲良くできるんよ。こんなにいい所はないよ」とほほえむと、隣に座る中国出身の女性がうなずいた。さまざまな人を受け入れ、多様性を象徴するような場所だ。(共同通信=角南圭祐)

▽「職員が真剣に怒ってくれた」

ゲームを楽しむデイサービス利用者たち=2月22日午後

 2月のある午後、社会館のホール。残留孤児の母親と30年前に中国から渡ってきたという女性(72)は、利用者たちとゲームを楽しみながら「ここは食事がおいしいし、みんな優しい」と笑顔で語った。残留孤児とその家族の中国帰国者は、利用者60人中15人ほどいる。

 この女性は、中国語で会話していた時、他の利用者から「中国へ帰れ」と言われたことがある。心が凍り付いたが「職員が真剣に怒ってくれて助かった」と振り返る。

 ▽花札は「失対」の名残

 

花札を楽しむデイサービス利用者たち=3月10日午後

 別の女性たちは花札に熱中していた。戦後の貧しい時期、地域の人たちは就職先が少なく行政の失業対策事業(失対)で働く人が多かった。失対では、息抜きのため昼休みに花札を楽しんだという。その頃の名残だ。

 記者が女性たちに話し掛けると、札を混ぜながら次々に施設自慢が出た。「昼ご飯がおいしい。特にみそ汁が絶品」「職員が優しい」「いろんな人がおって面白いよ。中国の人も多い。言葉が分からんけえ、笑顔であいさつするだけじゃけど」

 ▽被爆と差別

 地域は、米軍が投下した原爆の爆心地から2キロ前後に位置する。45年8月6日、ほとんどの建物が倒壊し、燃えた。「8歳の時、近くの川で泳いでいて被爆した」と話すのは、利用者の万藤悦子さん(84)。白血病の治療中だ。

 戦後のヒロシマを生き抜くため、誰もが大変な苦労をしたが、地域住民にはさらに不条理な差別も加わった。万藤さんは戦後、市内中心部の飲食店で働いた。「電車で帰るんじゃけど、隣の電停で降りて、わざわざ歩いて帰った。誰に見られとるか分からんから」。出身を知られたら、店に客が来なくなるかもしれない。最寄りの電停で降りられず、住居地を聞かれても「川の向こう」と答えたり、隣町の名前を話したりしたという。

カラオケを楽しむデイサービス利用者

 「でもな、今は違う。堂々と言える」。部落解放団体や、地域住民の出資で設立した生協病院の医師や職員ら、そして社会館が、地道に同和教育や啓発に取り組んできた結果だという。「ここの人はみんな苦労したよ。だから中国人でも韓国人でも、誰でも受け入れる。けんかしても次の日には仲直りする。教育が、差別をなくした」

 別の女性(86)は9歳の時、隣保館で被爆した。一緒にいた妹は倒壊した建物の下敷きになり、助からなかった。女性は何時間も閉じ込められたが、何とか助けられたという。戦後、同じく差別に遭ったことを思い出す。

広島キリスト教社会館=3月10日午後

 「あそこの電停では降りん方がええ」とか「あの町の者は、白い服で包丁持っとる」と、地域にある屠場の職人たちを見下すような言葉だった。「知らんぷりしたよ。その後に同和教育を受けてね、そういう差別があるんかと腹が立った」と振り返り、やはり教育のおかげで差別をはね返したと語った。

 ▽水平社宣言100年

 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と部落解放をうたった水平社宣言から、今年3月3日で100年となった。いわれなき差別を受けた地域の人たちの心には、まだ傷痕が残る。

社会館で働き始めて50年となる林修二さん(右)とデイサービスを利用する中国帰国者

 デイサービスの責任者、林修二さん(72)は、原爆の焼け野原から様変わりしたこの地域で50年間、社会館職員として、差別に起因するさまざまな課題に向き合ってきた。「いろんな人を受け入れてこられたのは、地域が包容力を持つから。差別を受け貧困で苦しんだ思いがあるから、地域の人たちは他人に温かい」と指摘する。

 幼い頃に社会館の保育園や学童に通い、今またデイサービスで戻ってきた人もいる。デイサービス利用者の中には、ひ孫が保育園に通う人も。子ども食堂も始めた。林さんは「今後も、この地域で、もっと気楽に人が集まる場所を目指したい」と話している。

デイサービス責任者の林修二さんと広島キリスト教社会館=3月10日午後

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