「妊娠したら帰国させられる」技能実習で常態化するマタハラの闇 死産の乳児を遺棄したという有罪判決に疑問の声

高裁判決後の記者会見で話す被告の女性

 死産した双子の遺体を自宅に遺棄したとして、死体遺棄罪に問われたベトナム人技能実習生の女性に福岡高裁が1月、懲役3月、執行猶予2年の判決を言い渡した。「納得できない。遺体を捨てたり、隠したり、放置したりしていません」。女性の無罪の訴えに賛同する署名は6万筆を超える。「妊娠したら強制的に帰国させられる」と孤立出産の末に遺体を自宅に置いた行為が罪に問われた裁判。誰にも相談できないまま、追い詰められた実習生の苦境が浮き彫りになった。(共同通信=中村栞菜、稲垣ひより、松本智恵、小川美沙)

 ▽「誰にも打ち明けられなかった」

 

女性が書いた手紙=「コムスタカー外国人と共に生きる会」提供

 「この判決を書いた裁判官が、私や他の技能実習生がどれほど苦しみ、雇用主や監理団体をどれほど恐れているかを理解していたら、結果は違った」「実習生の苦しい現状を変えていくため、最高裁で無罪を実現したい」。上告したレー・ティ・トゥイ・リン被告(23)は2月、熊本市内での記者会見にメッセージを寄せた。

 来日は2018年。熊本県芦北町のみかん農園で働き、20年夏に妊娠が判明した。日本の法律は妊娠・出産を理由とした不利益な取り扱いを禁じているが、「監理団体や会社から聞いていなかった」という。妊娠で強制帰国させられる実習生が多いことも知っていた。仕送りを待つ母国の家族のため、帰国するわけにはいかない。誰にも打ち明けられなかった。インターネットを通じ「中絶薬」を買って飲んだが、効果はなかった。

 20年11月15日午前、自宅で1人で出産。双子の男児は泣き声を上げず、息もしなかった。遺体をタオルでくるみ、段ボール箱に入れて棚に置く。箱にはベトナム語で「コイ(賢い)」「クォン(元気)」と付けた2人の名前と、弔いの言葉を書いた手紙を添えた。「私の双子の赤ちゃんごめんね。安らかに眠ってください」。病院で死産を明かしたことがきっかけで逮捕された。

 ▽心も体もぎりぎりの状態でした行為が「死者への冒とく」?

 裁判の主な争点は、この一連の行為が「葬祭の準備」に当たるか、それとも遺体の遺棄になるのか。弁護側は「一時的に遺体を安置しただけで埋葬する意思はあった」と主張した。

 しかし、高裁判決は(1)周囲の人に妊娠を伏せていた(2)遺体を接着テープで封をした二重の段ボール箱に入れていた―点を挙げ「遺体を隠す意思があった」と指摘。葬祭の準備ではなく、宗教感情や死者を悼む感情を害したと判断した。

女性の無罪を訴え、街頭署名を行う支援者ら=1月、福岡市

 判決後、主任弁護人の石黒大貴弁護士は、箱に封をした点について「(双子が)寒くないようにと考えたから」と反論した上でこう訴えた。「死産の直後、多量に出血し体力的・精神的にぎりぎりの状態での行為が、死者に対する冒とくと言えるのか」

 審理は最高裁に移るが、弁護側が懸念するのが、判事15人のうち女性が2人しかいないこと。判事が5人ずつに分かれる三つの小法廷で審理されることになるが、どの小法廷でも女性はゼロか1人だけだ。

 果たして出産のつらさ、大変さが理解されるのか。出産時の母親の心身の状況を理解してもらうため、弁護団はホームページ(https://xn--79q52u8svpff.jp/)で意見を募っている。一連の行為をどう感じるか、死者に対する冒とくなのかを、出産経験者や産婦人科医、宗教家らにも広く呼び掛ける。集まった意見は最高裁に提出する。

記者会見で意見書募集について話す主任弁護人の石黒大貴弁護士(右)=2月、熊本市

 ▽法律違反なのに常態化するマタハラ

 法務省によると、21年6月末時点で技能実習生は35万4104人で、42%は女性だ。厚生労働省の調査では、妊娠・出産で技能実習を中断した実習生は、17年11月~20年12月に637人。うち、実習を再開できたのは11人だけ。妊娠・出産をすると働き続けることは難しい実態となっている。

 NPO法人熊本YWCA(熊本市)には、実習生から妊娠・出産に関する相談が寄せられる。ある実習生は妊娠を明かしたところ、監理団体から怒りのメッセージを送られ、住む場所も追われた。「まるで物のように扱われた」。監理団体や実習先によるマタニティーハラスメントが常態化している状況がうかがえる。

 NPOで実習生を支援している海北由希子さんは、リン被告が誰にも相談できずに孤立を深め、死産後にいたわりの言葉を掛けられるもことなく逮捕されたことに心を痛める。「孤立出産し、犯罪者として扱われる。女性ばかりの責任なのか。日本のジェンダー不平等の問題でもある。日本社会が問われるべきことを放置したため、その重荷をリンさんが担がされている」

 ▽「悩みに伴走するサポートが必要」

 実習生や留学生の孤立出産を防ぐには、言語の壁を越えて気軽に相談できる仕組みが欠かせない。上智大の田中雅子教授(国際協力論)は2月、熊本県、福岡県などの後援でオンラインセミナーを開いた。主な対象は監理団体や自治体、日本語学校の職員ら「受け入れ側」の担当者だ。

オンライン勉強会で話す田中雅子教授=2月

 その中で報告された「日本で暮らす移民への調査」(20年6月~21年9月実施)によると、回答した女性290人のうち、来日前、妊娠したら帰国するなどの制限を設けられていた人が18%いた。日本でパートナーがいた女性161人のうち、予定外の妊娠をした人は19%だった。

 参加者が気にしたのは「相談に乗るにはどの程度の語学力が必要か」。田中教授は、言葉が分かる支援団体との連携が重要だとし「悩みに伴走するサポートが求められる」と説明した。

 ▽世界から遅れる日本の避妊・中絶

 問題は言葉の壁だけではない。田中教授によると、実習生が孤立出産のリスクにさらされる背景には、海外と日本で避妊や人工妊娠中絶の方法が大きく違う点がある。

 海外ではピル、IUD(子宮内避妊具)など女性主体の避妊方法が普及し、性交後72時間以内に飲めば高い確率で妊娠を防げる緊急避妊薬(アフターピル)を薬局で買える。しかし、日本では避妊方法の選択肢は少なく、アフターピルは処方せんが必要な医薬品で6千~2万円と高価だ。窓口の「医療通訳」も十分ではない。薬をSNSなどで自分で入手すると、強い副作用などのリスクがある。

 安全な避妊や中絶へのアクセスを確立することは世界的に重要なテーマだが、日本が著しく遅れていることを露呈した。

 田中教授も「今回の事件は、重要な人権の一つである『性と生殖に関する健康と権利の確立(リプロダクティブヘルス・ライツ)』について重要な課題を投げかけた」と指摘する。予期せぬ妊娠に悩む女性が相談しやすい環境づくりや、避妊方法の選択肢拡大、アフターピルの市販薬化などを実現させることが必要だとし「外国人だけでなく、日本で暮らす女性全体の利益になる」と話している。

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 技能実習生制度に詳しく、アメリカ国務省から人身売買と闘う「ヒーロー」に認定された指宿昭一弁護士に聞いた。

 ―判決の受け止めは。

 

指宿昭一弁護士

 リンさんが妊娠を周囲に告げなかったことなどを理由に遺棄に当たると認定したが、なぜ妊娠を隠さければいけない状況に追い込まれたのかについては言葉を濁している。実習制度の闇に考えが及ぶことを恐れているのではないか。

 ―技能実習制度の問題点は。

 奴隷的、人身取引的な労働の温床になっている。背景には三つの理由がある。

 一つ目は、母国の送り出し機関が、実習生に人権侵害的なルールを押しつけていることだ。妊娠・出産の禁止や、さらに言えば恋愛や日本人との連絡を禁止するケースもある。問題があっても労働基準監督署や弁護士、労働組合に相談するなと縛り付けるため、実習生にますます沈黙を強いている。

 二つ目は、送り出し機関が多額な費用を取ることだ。実習生は多額の借金を抱えて来る。貧しい国・地域の出身が多いので、借金を返済し稼ぎを持ち帰ろうと、問題があっても3年間我慢して働いてしまう。

 三つ目は、転職の権利がないこと。ひどい目にあって、ほかの実習先に移りたいと思っても実習生側の都合では認められない。

 ―送り出し機関はなぜそうしたルールで縛りつけるのか。

 安くて便利な労働者として送り出したいからだ。受け入れ側は意外と費用がかかるため「うちの労働者は妊娠・出産しませんよ」「問題があっても3年間黙って働きますよ」というお墨付きのもとで送り出している。まさに人身売買だ。

 ―厚労省の調査で、妊娠・出産を理由に実習継続が困難になった人は、17年11月からの約3年間で637件。これは氷山の一角か。

 妊娠を理由に帰国させられても、実際は別の理由として報告されるので、統計上の数字には表れない。まさに氷山の一角だ。

 私も「妊娠したけどどうしよう」という相談を受けるが、異常なほど数が多い。法務省がいくら妊娠・出産は自由にできるという通知を出しても、強制帰国はまかり通っている。(「妊娠すると強制帰国させられると思った」と話した)リンさんは勘違いではなく、現実をシビアに認識していたと思う。

 国内の中小企業や一部の大企業も、妊娠を理由とした解雇は平気でやっている。さらに立場の弱い実習生には露骨に起きる。「外国人」であることと「女性」であることの二重の差別だ。

 ―彼女は来日にあたって150万円を工面した。こういう費用はどこに流れているのか。

 ベトナムの平均年収の6倍なので相当な額。一般的には、送り出し機関が収入としているが、一部を(実習生を仲介する)監理団体にキックバックしたり、地元の政府やボスへの賄賂に使ったりする。ブローカーである送り出し機関と監理団体があくどく稼ぐ仕組みになってしまっている。

 ―実習生も出稼ぎという意識で来ている。

 技術の取得なんて考えている人はほとんどいない。農業は国によって方法が違うから使えない。塗装業の実習生も「中国と日本ではやり方が違うので全く役に立たない」と話していた。

 ―受け入れ企業も実習生に頼らざるを得ないのか。

 労働力確保の選択肢が他にない。むしろ、選択肢があればこの制度は崩壊してしまうだろう。別の選択肢として、19年に外国人の単純労働を認める在留資格「特定技能」を作ったが、利用者がまだ少ない。(特定技能は)送り出し機関を仲介する必要がないため、収入が欲しい送り出し機関は、積極的に人を集めようとしない。

 ―制度はどう変わるべきか。

 ブローカーである送り出し機関が関与しない仕組みを作るべきだ。韓国には、二国間協定を結んで国同士で求人する「雇用許可制」という制度がある。二国間ハローワークのようなもので、ベトナムからたくさん労働者を受け入れているが、原則として中間搾取は起きていない。

 一方で日本は、ベトナムとカンボジアに関し「特定技能」についても送り出し機関が必ず関与するという二国間協定を作ってしまった。労働者の数は集まるが、中間搾取の温床になるので非常に悩ましい問題だ。

 ―今後取り組むべきことは。

 基本的には技能実習制度を廃止して、それに変わる外国人労働者の受け入れシステムが必要ではないかと考える。現行制度を前提にするならば、特定技能制度に雇用許可制を組み合わせて、中間搾取が起こらないようにする。制度の問題点や根深さをもっと伝えていけば、制度を廃止することはさほど難しくないと思う。

 ―現状の制度の中で、リンさんのような状況に陥らないためには。

 妊娠・出産で悩んだら、労働組合や支援団体、弁護士に相談してもらいたい。それらの人が実習先との交渉に入れば強制帰国させられることはない。ただ、そうした支援にたどり着くのは氷山の一角だろう。気軽に相談できるようなネットワークを作らなければいけないと思っている。

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 いぶすき・しょういち

 1961年生まれ。外国人技能実習生問題弁護士会連絡会の共同代表。名古屋出入国在留管理局のスリランカ女性死亡問題では遺族の代理人を務める。

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