私たちに問われているのは、国際秩序の根幹を守り抜く覚悟   ー「東京会議2022~World Thinktank Democracy10~」開幕/岸田文雄・内閣総理大臣もメッセージ

 言論NPOは3月14日、「東京会議2022」をオンラインで開催しました。

 ロシアの軍事侵略に対するウクライナ側との攻防が首都キエフを巡って一層激しいものとなる中で開催された今回の「東京会議2022」では、世界10カ国のトップシンクタンク代表がこのウクライナへのロシアの軍事侵攻に世界はどのように対抗するのか、国際秩序の再生に向けてのどのような努力が必要か、ということについて議論を行いました。

 議論に先立って、まず主催者側から言論NPO代表の工藤泰志が登壇しました(発言全文はこちらから)

国際秩序が危機に瀕する中、世界の未来のためにどのような努力が問われているのか、それを考えることこそが今年の「東京会議2022」の課題

 工藤はその挨拶の冒頭で、ウクライナにおける戦争の終結と停戦への展望が見えず、被害が拡大し続ける中、「世界中の多くの人にとってはっきりと分かったことがある。それはこれまでの国際秩序はすでに瀕死の状態にあり、それを立て直す努力が世界に問われているということだ」と切り出しました。

 さらに続けて、「専制体制の国家が自国の国民をだましながら、他国の市民の命を何の躊躇もなく奪っている。しかし、こうした一方的な軍事侵略は、国連憲章が定めた領土と主権の一体的な尊重の完全否定でありながら、国連や世界はそれを食い止める直接の行動をとれないでいる」と指摘。米中対立の深刻化などによって世界の分断が深まり続ける中で、一人の独裁者にとって始められたこの危機に世界は何ができるのか、世界の未来のためにどのような努力が問われているのか、それを考えることこそが今年の「東京会議2022」の問題意識であるとしました。

世界中に連帯と共感の輪が広がる今こそ、国連ができることを模索すべき

 一方で工藤は、「私は今回の軍事侵略に対する世界の反応の中で、二つのことに注目している」とした上で、まず一点目として「祖国や家族を守るための命を懸けたウクライナ市民への共感の声が、世界中に大きく広がっている。対照的に残虐行為の実態は明らかなのに、ウソでごまかし続けるロシアの指導者の姿に世界の市民の怒りが高まっている」とし、こうした共感と怒りが「世界の世論を動かし、連帯の輪を広げている。それが前例のない対ロ制裁にもつながっている」と指摘。「あえて楽観的に言えば、世界の市民の共感を失った専制国家の終焉という、世界史的な変化を我々は今、目撃しているのかもしれない」とも語りました。

 二点目として工藤は、米国もNATOもウクライナのために軍を派遣できない中で、「国際社会の平和と安定を誰が守るのか。主権と領土を侵略する行為、しかも核大国であり安保理常任理事国でもある国がそれをした場合、これを誰が止められるのか」としつつ、「世界はそれぞれの同盟に集まり、その核の傘に期待するしかない状況だが、これは私たちが望む、これからの世界の未来の姿なのか」と問題提起。その上で、「今まさに国連の存在理由が問われている」としました。

 工藤は、「国連にできないことが多いのも事実だが、国連が何もできないかといえばそうではない。スエズ動乱では総会で国連緊急軍の創設を決め、エジブトに派遣している。今回も例えば、市民の脱出のための人道回路(humanitarian corridors)の監視のために国連緊急軍を総会で設置することはできないものか」と提案。世界で連帯と共感の輪が広がっているにもかかわらず、こうした声が出てこないことを問題視しました。

 工藤は最後に、今の世界が歴史的な岐路にあることを強調しつつ、「ウクライナへの侵攻をどう終わらせるのか。アジアで懸念される次の危機をどのように管理するのか。そして、国際秩序の再生のために、我々はどのような努力を始めなくてはならないのか」という問題意識を改めて提示しつつ、「東京会議2022」の開会を宣言しました。

 続いて、これまで2017年の「東京会議」の設立から議論に参加していた岸田文雄・内閣総理大臣がビデオでメッセージを寄せました。(メッセージ全文とビデオ映像はこちらからご覧いただけます)

ロシアに国際社会が毅然と対応し、国際秩序の根幹を守り抜けるのか否かが、ポスト冷戦期の次の時代を占う試金石になる

 その冒頭で岸田首相は、ロシアによるウクライナ侵略に対して「このような力による一方的な現状変更の試みは、欧州のみならず、アジアを含む国際社会の秩序を根底から揺るがす暴挙だ」と強く非難。その上で、「国際社会が、結束し、毅然と行動することにより、この危機を乗り越え、国際秩序の根幹を守り抜くことができるのか。これが今問われている」とし、世界は今、まさに歴史的分岐点にあるとの認識を示しました。

 岸田首相は続けて、このウクライナ情勢への対応についてのG7や国連における緊密な連携ぶりについて説明。また、各国のロシアに対する制裁やウクライナ支援が前例のないものとなっていることを踏まえ、日本としても足並みを揃え、武力攻撃を現に受けている国への装備品提供など異例の措置に踏み切ったと語りました。

 その上で岸田首相は、この前例のない事態を踏まえ、「ロシアによるウクライナ侵略は、既に国際社会の様相を大きく変貌させつつある。ポスト冷戦期の次の時代が始まりつつあるのかもしれない」との見方を示しつつ、「ロシアに国際社会が毅然と対応し、国際秩序の根幹を守り抜けるのかが、ポスト冷戦期の次の時代を占う試金石だ」と主張。ウクライナ側の懸命な防戦にもかかわらず、今まさにロシアが勢力を拡大し続け、民間人の犠牲も増加しているこの厳しい状況において、G7をはじめとする国際社会の結束した対応が急務であるとも語りました。

日本は防衛力を強化すると同時に、普遍的価値を守るための取り組みをパートナー諸国と共に戦略的に進めていく

 次に岸田首相は、今後の日本の外交・安全保障の観点について発言。中国と北朝鮮の動向によって地域の安全保障環境が悪化する中、「力による一方的な現状変更を、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいても許してはならない」とし、そのためには「あくまで現実的に検討した上で、国家安全保障戦略等を改定し、日本自身の防衛力を抜本的に強化しなければならない。また、日本の外交・安全保障の基軸であり、インド太平洋地域の平和と繁栄の礎でもある日米同盟の抑止力・対処力を一層強化する必要がある」と述べました。

 さらに岸田首相は、普遍的価値をめぐる課題に言及。「深刻な危機の最中にある今こそ、我々は、民主主義をはじめとする普遍的価値、多国間主義という、先人たちが長年の努力により培ってきた人類の叡智を守り、強化していくべきだ」としつつ、こうした問題意識の正しさへの確信は5年前、当時外相だった自身の「東京会議2017」における講演から何ら変わっていない、むしろ強まっていると述べました。

 同時に、自身が旗振り役となっている「新しい資本主義」も、健全な民主主義の基盤となる中間層をどう守っていくかという問題に正面から向き合う取り組みであると説明しました。

 その上で、日本は「こうした普遍的価値を共有するパートナーとの結束を強めていく」ことが大事であり、とりわけインド太平洋地域における戦略的な取り組みを進めていくことが不可欠との認識を示しました。

 最後に岸田首相は、ウクライナへの連帯を示しつつ、「今の我々の選択と行動が、今後の国際秩序の趨勢を決定づける。そうした大きな時代の転換点を迎える中、我々は一致して、力による一方的な現状変更に毅然と対抗していかなければならない」と改めて強い決意を示し、挨拶を締めくくりました。
 今年のG7議長国のドイツからは、クレーメンス・フォン・ゲッツェ駐日ドイツ大使が登壇しました。

プーチンによって世界は誰も選んでいない新しい現実に直面させられている。だからこそ、我々民主主義諸国は、言葉と行動によって秩序を守る必要がある

 ゲッツェ大使はまず、多くの人命の喪失、罪のない市民の難民化、経済への深刻な影響を伴うこととなった今回のロシアの軍事侵略を「冷戦終結とともに誰もが去ることを望んでいた戦争を欧州に再来させた。これによって今まさに私たちは安全保障の原始的な脅威に直面している」と指摘。しかもその惨禍は、第二次世界大戦後の世界平和の維持に特別な責任を負っているはずの国連安全保障理事会常任理事国によってもたられているとしてロシアを強く糾弾しました。

 ゲッツェ大使はさらに、今回のロシアによる軍事侵略は、欧州のみならずアジアやその他の地域でも高まりつつあった既存の国際秩序に対する脅威をさらに高めるものであるとした上で、「数十年にわたって平和と繁栄を保証してきたこの秩序は、もはや世界すべての人々に受け入れられるものではなくなってしまった。私たちはプーチンによって誰も選んでいない新しい現実に直面させられている」と指摘。そして、「だからこそ、この秩序の確立に貢献してきた我々民主主義諸国は、言葉と行動によって秩序を守る必要があるのだ」と主張しました。

多大な代償を払ってでもドイツは対ロシア政策を転換していく

 ゲッツェ大使は続けて、EUやG7といった民主主義諸国が対ロシアで緊密で協調的な対応がしていると分析。日本についても、これまでの安全保障政策から一歩踏み込んだ対応をしたことを評価しました。

 自国ドイツについては、大戦の反省からこれまで紛争地域への兵器輸出を避け、兵器を厳格に管理してきましたが、今回ウクライナに対して対戦車兵器1000基、携帯型地対空ミサイル「スティンガー」500基を供与すること、国防費を国内総生産(GDP)比で2%以上へと大幅に引き上げる方針を示すなど安全保障政策を大きく転換したと説明。エネルギー供給をロシアに依存してきたドイツにとってこうした転換は失うものは多いとしつつ「代償を払う覚悟はある」と力強く宣言しました。

政府だけでなく市民の取り組みも重要。また、戦乱の中でも気候変動やパンデミックといった課題を忘れてはならない

 ゲッツェ大使は最後に、既存秩序の維持という課題は、民主主義や人権、自由、繁栄に支えられてきた生活そのものが危機にさらされている以上、「政府だけでなく私たち市民にとっても課題だ」と主張し、その意味でもこの「東京会議」の取り組みが重要になってくると期待を寄せました。

 そして、「プーチンは私たちを分断できると思っていたのかもしれないが、結果は全く逆だ。我々の結束はどんどん強まっている。この道を歩み続けることが我々の責任だ」と強調しました。

 同時に、ウクライナ問題に目を奪われがちである中でも、「次世代に安全で住みやすい地球を提供するためには、気候変動やパンデミックといった他の課題も忘れてはならない」と注意を促し、今年のG7議長国としても議論を進めていくことを表明しつつ、挨拶を締めくくりました。

 開幕式終了後、「東京会議2022」はまず「ロシアの侵略行動に世界はどう対応するか」から、議論が始まりました。

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