<南風>「虫」のゆくえ

 子どもの頃、大阪育ちの割には「虫捕(と)り少年」だった。5年生くらいからは特にチョウにはまり、図鑑を眺めては「いつの日かこの目で見たい」と思っていた。

 沖縄で暮らし始めると、オオゴマダラなどの、かつて図鑑で覚えた「憧れのチョウ」が普通に飛んでいた。忘れていた「虫捕り少年」の心がよみがえった。

 しかし昆虫の世界も気候変動と無縁ではいられない。かつて九州以南にしかいなかったナガサキアゲハは現在、関東にも到達した。

 気候が変化すると、鳥や昆虫のように動けるものは好適な環境を求めて移動できる。だが例えばチョウの場合、幼虫が食べる植物が移動先になければ生きられない。気候の変化が緩やかであれば植物もゆっくりと移動できるが、急激な変化にはついていけない。とりわけ冷涼な気候に適した生態系は温暖化に伴い崖っぷちに追い込まれる一方だ。

 そして今、世界中で昆虫が減っているという。昆虫の総数が毎年2.5%減少しているという研究もある。単純計算で、10年後には2割以上も減るペースだ。生息環境の悪化、農薬等化学物質の影響、気候の変化などが原因だとされる。

 昆虫の減少は植物にとって由々しき事態だ。多くの場合でその受粉を昆虫が担っているからだ。その担い手が減少し、やがていなくなると植物は壊滅的危機に陥ることが想像される。米や麦、野菜や果物、家畜の飼料も植物だ。昆虫の減少は、人類を一気に食糧危機に陥れる可能性を秘めている。

 今ウクライナで起きている戦火は、気候にも直接的な悪影響を及ぼすだろう。食糧需給にも影響し、その価格は高騰しつつある。爆撃のような衝撃映像はなくとも、昆虫の世界的な減少は「安全地帯」がなく、静かな、しかし戦争よりも広範に及ぶ絶望的一撃になるのでは、と考えることが杞憂(きゆう)であってほしい。

(河原恭一、沖縄気象台 地球温暖化情報官)

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