理工系の女性はなぜ増えないのか(前編) 「女の子なのに…」進路選択を阻む「アンコンシャス・バイアス」

芝浦工業大の講座で、液状化現象について実験をする女子小学生たち=2021年12月、東京都江東区(画像の一部を加工しています)

 「女の子なのに理工系に進むなんて」と思ったことはないだろうか。そうした大人たちの無意識の偏見「アンコンシャス・バイアス」が、女子の多様な進路選択を阻む壁となっているとしたら。実際、理工系分野を専攻する女子学生は増えておらず、これが一因だと指摘する大学関係者は多い。どうすれば壁を取り払えるのか。さまざまな取り組みをする大学への取材で見えてきたものは―。(共同通信=河村紀子、三浦ともみ)

 ▽苦手だった科目が「面白いもの」と知った

 「混ぜながら様子をみてみよう」「何色に変わったかな」

 2021年11月のある週末、埼玉大に集まったのは理工系分野に興味を持つ18人の女子高校生。教授や現役学生から指導を受けながら、電子レンジで有機化合物を作ったり、一晩培養したウイルスの定量を計算したりする実験に取り組んだ。

 理工系学部・研究科の女子学生や女性教員が、興味を持ったきっかけや研究の楽しさも紹介。車座で話し合う機会では、大学生活や就職活動について熱心な質問が飛び交い、「論文執筆に必要だから、国語や英語など文系科目もしっかり勉強して」といったアドバイスもあった。

 参加した埼玉県立高1年の田中真帆さん(16)は「今まで知らなかったことがたくさんあって、楽しかった」と笑顔を見せた。

 埼玉大の女子学生の割合は、理学部で3割、工学部で1割弱にとどまる。21年度から女子中高生に特化した事業を始めたダイバーシティ推進オフィス所属の幅崎麻紀子准教授は「理工系分野で女子学生や女性教員が増えないことが課題だと感じていた」と話す。

 理工系に関心がない中高生をターゲットにした出前授業も実施し、ある学校では「苦手だった地学が面白いものだと知った」との感想が寄せられたという。

 幅崎准教授は「いろいろな可能性を探っていく中で、理工系に進むことが一つの選択肢になれば。地道な活動で裾野を広げていきたい」と力を込めた。

 ▽OECDの調査で日本は最下位

 

芝浦工業大の講座で、土木工学の実験に取り組む女子小学生(手前)=21年12月、東京都江東区

 理工系分野の女子学生を増やすための取り組みは、埼玉大以外でも。大阪大は22年4月から、理工系3学部で成績優秀な女子入学者50人に、1人20万円の入学支援金を支給する制度を開始。名古屋大工学部は23年春の入学者から、一部学科の学校推薦型選抜で女子枠を設ける。

 女子大の動きも活発化。奈良女子大は22年春に女子大で初の工学部を開設し、お茶の水女子大も24年度に「共創工学部」(仮称)を設置する予定だ。

 政府が20年12月にまとめた「第5次男女共同参画基本計画」では、「科学技術、学術分野への女性の参画拡大」を目標に掲げた。男性視点のみでの研究開発は、女性にマッチしなかったり、社会に悪影響を与えたりする可能性を指摘。研究者や技術者を増やすため、女子中高生や保護者に向けて、理工系分野への関心を高める全国的な取り組みが必要だとしている。

 文部科学省による学校基本調査の分析では、21年3月に大学学部を卒業した男子学生約30万人のうち、理工農系を専攻していたのは31%。一方、女子学生は約27万人のうち10%にとどまっていた。

 世界的に見ても、日本の理工系分野に占める女性の割合は低い。経済協力開発機構(OECD)が21年10月に公表した調査によると、大学など高等教育機関における入学者の女性割合が、日本は「自然科学・数学・統計学」分野で27%、「工学・製造・建築」で16%と、比較可能な36カ国中いずれも最下位だ。

 ▽元気がない日本のものづくり、多様な人材が必要

 「本人が苦手意識を持っていなくても、周りが止めてしまう。物理を選択できない女子高もあるくらいだ」。関東地方の大学教員は明かす。

 東京都内の私大教員も、「女子が理工系に進んでも就職がない」「工学部は危険な実験が多いのでは」といった保護者の“アドバイス”によって、理工系を選択肢から外してしまう事例を見てきた。

 「理系は男性の進路、女性は文系へ」。性別役割を巡る「アンコンシャスバイアス」を持った保護者や教員ら大人の言動が、女子生徒が理工系を選択することを阻んでいるのだ。

 これを打破すべく、女子限定の公募推薦入試制度を導入するなど先進的な取り組みをしてきた芝浦工業大(東京都)は、小学生段階からの働き掛けに力を入れ始めた。

 21年12月に小学3~6年生の女子児童限定で土木工学の実験講座を開催すると、定員20人がすぐに埋まった。参加者は実験を通じて地震の際に起きる液状化現象の仕組みを学んだ。

 小4の娘を連れてきた保護者は、性別にとらわれず関心ある分野に進んでほしいといい、「男女一緒の科学イベントに参加したこともあったが、実験では一歩後ろに下がってしまっていた。女子だけの機会はありがたい」と話した。

 芝浦工業大の女子学生比率は年々向上しつつあるものの、まだ2割弱。アドミッションセンター長の新井剛教授は「学問の具体的なイメージを持ってもらえず、まだまだ素通りされてしまっている状態。子どもの頃から身近なものとして捉えてもらうことがとても大事」と語る。

芝浦工業大アドミッションセンター長の新井剛教授(同大提供)

 新井教授自身も芝浦工業大の卒業生で、学生時代は「男性だけが当たり前」の環境で過ごした。教壇に立つようになり、指導した女子学生の意欲の高さや優秀さに目を見張った経験を持つ。

 工学分野は近年、従来の「重厚長大」産業だけでなく、環境保全やデジタル化などニーズが多様化している。新井教授は「日本のものづくりは元気がなくなっている。多様な人材が参画しなければ、新たなイノベーションは生まれない」と危機感を抱く。

 「リケジョ」が話題になったのは少し前。その時は「言葉が一人歩きし、社会全体として本質が十分に理解されてこなかった」と感じている。「理工系女性を増やすため、今こそ本気で動き出さなくてはいけない」と力を込めた。(後編につづく)

 ※年齢や肩書は取材当時

© 一般社団法人共同通信社