渡辺真知子「唇よ、熱く君を語れ」:スージー鈴木の OSAKA TEENAGE BLUE 1980 vol.10  「唇よ、熱く君を語れ」に乗った演劇部員の生の叫びとは?

OSAKA TEENAGE BLUE 1980~vol.10

■渡辺真知子『唇よ、熱く君を語れ』
作詞:東海林良
作曲:渡辺真知子
編曲:船山基紀
発売:1980年1月21日

渡辺の姉ちゃんに誘われた文化祭

中2の秋は1980年の秋。校内暴力にテクノポップ、漫才ブームと、窮屈なのに騒がしい秋。

「姉ちゃんが高校の文化祭で主演するねん、一緒に見に行けへんか?」

小学校時代の友だちで、中学に入ってからは疎遠になっていた渡辺が、久々に声をかけてきた。

声をかけてきた理由は、彼の姉ちゃんと僕に面識があったからだ。何度か彼の家に遊びに行ったときに、会話をしたことがある。

「じゃじゃ馬」―― という形容がぴったりだった。とにかく明るくて、話し好きで、暴れん坊。弟、つまり渡辺をこき使い、たまには手を出していた。しかし、それでも憎めないという不思議な人だった。

姉ちゃんは、その文化祭でも、エネルギッシュに活躍しているようで、実行委員長的な立場で頑張っているらしい。だから、なおさら見に来てほしいのだろう。

大阪と奈良を隔てる生駒山のふもとにある公立高校。歴史のある学校で、昔は男子校だったらしく、今でも質実剛健な校風で知られ、運動部の活動も盛んな高校。その高校の中をちょっと覗いてみたいという気持ちにもなった。

「お前のじゃじゃ馬姉ちゃんの誘い、断ったら、後で何されるか分からんもんな。行こう」

僕は快諾した。

アメリカンとブルーマウンテン、歳の差4年に感じた差

バスロータリーのあるちょっと大きな駅の駅前にある喫茶店「マロニエ」。文化祭に行く3日前、なぜか渡辺と僕は、彼の姉ちゃんと一緒に、このマロニエで落ち合うこととなった。理由はよく分からない。わざわざ文化祭に来てくれることについて、先にお礼をしたいのだという。

僕と渡辺は、ボックス席に座った。親とではなく、友達同士で喫茶店に入るのは、実は初めてだった。ちょっと大人になった気がした。よく分からないままに、僕ら2人はアメリカンを注文した。

姉ちゃんはまだ来ていない。マロニエのマスターは温厚な優しい人で、エプロンを付けてコーヒーカップを磨いている。僕は、漫画『750(ナナハン)ライダー』に出てくる喫茶店のマスターを思い出した。

有線放送から小さい音で流れているのは、さだまさしの『パンプキン・パイとシナモン・ティー』。喫茶店『安眠(あみん)』を舞台としたその曲は、僕の喫茶店デビューに、まさにぴったりだ。

「遅れてごめーん!」

異常にけたたましい声で、姉ちゃんが入ってきた。ドアについた鐘のような金属が「カラーン!」と大きな音を立てた。その音が、さだまさしをかき消した。

「マスター、うち、コーヒーな。うん。ブルーマウンテン」

「ブルーマウンテン」。何だかその響きが、妙に大人っぽかった。中2と高3、たった4年の差だが、僕にはとんでもない差に見えた。それはアメリカンとブルーマウンテンの差。僕らもいつか、喫茶店でブルーマウンテンとやらを頼む日が来るのだろうか。

姉ちゃんはテーブルに、文化祭のチラシの束を置いた。

手書きのデザインを、ガリ版で刷られたチラシ。そのど真ん中で、大きな文字が踊っている。

――「LOOKING FOR TOMORROW!!」

「ルッキング・フォー・トゥモロー?」
「せや、うちが考えてん。文化祭のスローガン。ええやろ。去年の郷ひろみの曲『いつも心に太陽を』の歌詞からいただいてん」

さすが、文化祭の実行委員長だ。スローガンまで考えるのか。じゃじゃ馬、じゃじゃ馬と、これまで陰であざけってきた渡辺の姉ちゃんだが、「ブルーマウンテン」と「ルッキング・フォー・トゥモロー」によって、僕はいよいよ尊敬し始めていた。しかし――

姉ちゃんがコーヒーをおごってくれたワケ

「でな、あんたらの友だちとかにチラシ配ってな、人集めてほしいねん」

あ、なるほど、そういうことか。

単に、文化祭を見に行くことのお礼で、喫茶店でコーヒーをおごってくれるなんて、話としてうますぎると思ったのだ。「ブルーマウンテン」「ルッキング・フォー・トゥモロー」だとしても、じゃじゃ馬はじゃじゃ馬だ。

「姉ちゃん、無理やで、そんなに知り合いおれへんし、それにあの高校遠いし……」

渡辺がぼやいた。すると姉ちゃんはテーブルに、わら半紙を閉じた分厚い冊子を、ドン! と音を立てて置いた。

表紙には「第42回文化祭 演劇部公演『青春貴族』」と書いてある。

「うちらの今度の舞台の台本。ほんまの青春ドラマみたいやでぇ。泣けるでぇ。タダで見れるのん、ありがたいと思えへんか?」

台本を目の前に置いただけで、「この舞台をタダで見れるのはありがたい」と力説する強引さ。僕は目の前に置かれた、姉ちゃんがおごってくれるアメリカンを見つめながら、タダほど高いものはないと思った。

「姉ちゃん…… 無茶やでぇ」
「ええねん、ええねん、集められる範囲でええから」

姉弟が、雑なやりとりをするのを聞きつつ、僕はアメリカンをすすった。ブルーマウンテンやらと味がどう違うのだろうと想像しながら。

「あとな、この演劇、ラストがええから楽しみにしててな」

と言いながら、姉ちゃんが含み笑いをした。やや不敵な笑いだった。僕は、何かが起きそうな予感がした。

有線放送は、さだまさしから、アリス『夢去りし街角』に変わっていた。

標準語で演じられた予定調和の舞台、エンディングで流れた中村雅俊

結局、誰も集めることはできず、僕と渡辺は、たった2人で、彼の姉ちゃんの高校に向かった。

「クレープ屋」「手相占い」「相性診断」…… 手作り感溢れる模擬店を冷やかし、教室で行われている文化部の発表を眺めながら、演劇部の舞台を待った。

演劇部の公演は14時から。ちょっと前に体育館に入ると、軽音楽部のバンドが、サザンオールスターズ『いなせなロコモーション』を演奏していた。決して上手くはなかったが、観客はけっこう盛り上がっていた。演劇部の公演前にこの盛り上がりは、姉ちゃんにとってありがたいだろうと僕は思った。

さぁ、いよいよ演劇部の公演だ。アナウンスが入る――

「お待たせしました。演劇部の公演『青春貴族』です」

内容は、「青春群像もの」という感じで、5人の女子が、高校時代の喜びとか悩みを、ひたすら語り合うという構成。どうやら、ここの演劇部の部員は、全員女子らしい。

ただ気持ち悪く感じたのは、全員がとって付けたような標準語を話していることだ。だから大阪、生駒山のふもとでは、観客、その多くを占める同世代の生徒たちに対して、リアリティに欠けるような気がした。特に、

「だって、私たちって青春貴族だね、なんちゃって!」

という、まるでブラウン管から漏れてきたような、取って付けたような標準語のセリフは、この場所ではさすがに無理があって、一部の観客は失笑していた。

僕が気になったのは、そんな、ぎこちない標準語で、彼の姉ちゃんも話していることだった。あれほど自信満々で、そして不敵な笑みまで浮かべたじゃじゃ馬は、こんな、取って付けたような演劇をしたかったのか。

そうこうしている間に、いよいよエンディングとなったようだ。中村雅俊の『青春貴族』という曲が流れ始める。

僕は直感的に「古い!」と思った。この、数年前の青春ドラマで流れていた曲は、校内暴力にテクノポップ、漫才ブームという80年の風景には、さすがにそぐわないだろう。

姉ちゃん含む5人の女子が肩を組んで、『青春貴族』を歌っている。予定調和だった。

―― いや、予定調和になるはずだった。馬は大人しく、何の波乱を起こさずに厩舎に帰るはずだった。

しかし―― そうはならなかった。じゃじゃ馬はじゃじゃ馬だった。厩舎を蹴り飛ばして、騎手をふるい落として、こちらに向かってきた!

渡辺真知子「唇よ、熱く君を語れ」に乗った演劇部員の生の叫び

中村雅俊『青春貴族』が突然プツッと切れて、渡辺真知子『唇よ、熱く君を語れ』が流れ出した。そして照明は暗転し、次に舞台の上の5人だけにスポットライトが当たった。『唇よ、熱く君を語れ』の調子のいいイントロは、舞台の雰囲気をガラッと変えた。

彼の姉ちゃんが言う。いや、吠える。

「うちら、こんなんで青春終わりたないねん! だから、うちらを熱く語りたいねん!」

突然、大阪弁のイントネーションとなる。観客は度肝を抜かれてきょとんとしている。

「うち、四年制大学行きたかったのに、何で短大しか行かれへんの?」

姉ちゃんに続いて、他のメンバーが次々と話し、いや吠え始める。

「東京に行きたかったのに、何で行ったらあかんねん! うちは、自宅に閉じ込められて、がんじがらめにされるんか?」 「耐寒登山のときに、男子だけ頂上に行けて、女子だけ途中で引き返すのん、おかしいわ。うちらも頂上まで行きたかったわ!」 「女子だけ、白いソックス限定、それも三つ折りって、時代錯誤やわ! いつの時代やねん?」

僕も渡辺も観客も、ようやっと状況が理解できた。

標準語で演じられた『青春貴族』は、壮大なイントロであって、この舞台の本質は、いま目の前で展開されている、5人の「生の叫び」にあったのだ、と。そして、その叫びは、台本にも書かれていない、つまりは顧問の先生にも伝えられていないサプライズの行動だったのだ、と。

ウーマンリブちゃうねん。これはうちら、いや、うちの問題や!

そのとき、観客からヤジが飛んだ。

「よっ、ウーマンリブ!」

「ウーマンリブ」―― 女性解放運動のことを表す当時の言葉だ。ただ、1980年におけるこの言葉は、その古臭さを小馬鹿にするような、侮蔑的なニュアンスが込められている。

そのヤジに対する観客の笑い声をかき消すように、姉ちゃんが切り返す。

「ウーマンリブちゃうねん。これはうちら、いや、うちの問題や!」

切り返し方に、観客の一部、女子生徒の一部が、小さな拍手で応じる。

―― ♪唇よ 熱く君を語れ 誰よりも輝け 美しく

渡辺真知子『唇よ、熱く君を語れ』のボリュームが上がる。そして姉ちゃんが、決定的なシャウトを決める。

「何で25歳までに結婚せなあかんの? 何で高校卒業やいうて、いきなりお見合いせなあかんの? 何で……」

姉ちゃんは涙ぐむ。しかし、意を決して、再度声を張り上げる。

「12月25日を過ぎたら安売りされるクリスマスケーキみたいに、女も25を超えたら安売りされるんやって…… それ…… それ、どの口が言うてんや!」

決定的なシャウト。そしてこのシャウトに合わせて、図ったように『唇よ、熱く君を語れ』が終わる。体育館は、主に女子生徒を中心とした喝采と、男子生徒を中心とした怒号で騒然となる。

幕が下りた。渡辺は驚きと恥ずかしさの入り混じった顔をして下を向いていた。

じゃじゃ馬はじゃじゃ馬だった。

7年後に知った “じゃじゃ馬” のその後

僕が東京の大学生になって、帰省したときのこと。駅前の郵便局の前で偶然、渡辺と出くわした。あれから7年ぶりの再会。渡辺は、ヒゲを蓄えて、おしゃれなジャケットに身を包んで、タバコをくわえながら歩いていた。

高校を卒業して、知り合いのカフェバーで働いているのだという。だからちょっと大人びた、おしゃれな雰囲気を漂わせているのか。マロニエで、かしこまってアメリカンを飲んでいたときの面影は、もうどこにもなかった。

マロニエ、アメリカン、姉ちゃん、じゃじゃ馬――。

「そういえば、お前んとこの姉ちゃん、どうしてんねん」

あの日、あのとき、高校の体育館を席巻した驚きの舞台で主役を張ったじゃじゃ馬、さぞかし騒々しい人生を歩んでいるはずだ。

「それがな、あれから早々に結婚して、今や専業主婦で、子供3人、それもぜーんぶ女。笑うやろ?」

なんと!

僕は笑った。これはさすがに話が違うぞ、と。でも、完全に予想を踏みにじって、蹴り飛ばすような生き方も、あの姉ちゃんらしいと言えばらしい、とも思った。

「で、子供全員、まだめっちゃ小っちゃいのに、英才教育や、幼児教育や言うて、英語とかピアノとか習わせる教育ママになっとんねん」

なるほど。3人の娘にガミガミガミガミと、今日も姉ちゃんの唇は、熱く語っているのか。そして、じゃじゃ馬の3人の娘は、今度はサラブレッドのじゃじゃ馬となり、いつかまた舞台の上で吠えるのかもしれない。

そして渡辺も、スナックではなかなかの人気で、毎晩毎晩、漫談のようなトークが冴え渡り、固定ファンまで付いているのだと自慢する。そう、彼の唇も、熱く語っているのだ。

―― ♪唇よ 熱く君を語れ 誰よりも輝け 美しく

さぁ、僕は何を、熱く語ろうか。

カタリベ: スージー鈴木

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