<書評>『俳句・紀行文 風の黙秘』 アジアに中東、各地で詠んだ句収録

 今、ウクライナ国民がロシアの侵略を受け、虐殺されている。ちょうど、この時、「平和を妨げるもの」に立ち向かってきた平敷武蕉さんの著書「風の黙秘」が刊行された。
 自らも書き、沖縄文学を論じてきた平敷さんの鋭い想いの中に、「沖縄」が背負わされている歴史的不条理の怒りを昇華しようともがく、文学者へのぬくもりも感じさせてもらった。沖縄に立つ創造者たちは、どうしてこんなにもエネルギッシュに、自らの言葉と旺盛な表現力で、文字や作品を編み続けているのか、感服するばかりである。
 俳句同人誌「天荒」や文芸誌「南溟」誌の作品発表と編集責任者の任を務め、そして、「修羅と豊饒」では、圧巻の文芸評論を書き記された。トップギアで走り続け、何処(いずこ)で息継ぎをされているのだろうかと、気がかりであったが、巻末略歴を拝見すると、やはり、俳句や文学仲間の支えが、平敷さんの活力源のようだ。
 著書「風の黙秘」では、隣国アジアから中東、ヤマト。そして、沖縄各地で詠まれた俳句を各ページに四句、三四四句を配している。その掲載句の中には、紙面から飛び出してくる句もあれば、気をため、弦を引き絞り、黙秘に潜む「平敷ワールド」もある。
 後半の紀行文は、前半の列挙句から、肩をもみほぐす役回りを果たしてくれる。
 私が好きな四句である。
風の黙秘不在の貌が月になる
瘤のまま痛み埋め込む花梯梧
素足の狂女走り抜けた無月の街
何故という問いのままに月尖る
 世界の至る所で民衆は「巡礼」の旅に出る。チベットでは五体投地をしながらラサを目指し、スペインではサンティアゴへ、中東ではメッカの大巡礼がある。わが国でも四国八十八カ所のお遍路、そして、熊野古道の森の中で、内省を深める旅をする。
 さて、沖縄に暮らす私たちは、理不尽なまでの「米軍基地」や「自衛隊基地」に、日々、対峙(たいじ)しながら、「人間」としての生き方を見失わないためにも、「うちなーんちゅ」の旅をしたい。
 (伊波敏男・作家)
 へしき・ぶしょう 1945年うるま市(旧具志川市)生まれ。文芸誌「南溟」編集責任者。著書に「沖縄からの文学批評」など。「野ざらし延男論 序説」で第41回俳句人連盟賞(評論)受賞。

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