悲しみの春

 毎年この時季、県内公立高の合格発表の記事を目にするたびに「喜びの春」ならぬ「悲しみの春」の記憶がよみがえる▲40年近く前、公立高の合格発表を友人と見に行った。合格者の受験番号を張り出した掲示板に自分の番号はなかった。目を疑い、何度も何度も番号を探した。合格した友人が歓喜する隣で、青ざめた顔で黙りこくった。中学校へ報告に行き、学級担任の先生に「落ちました」と告げ、大声で泣いた▲15歳には耐え難い挫折感だった。第二志望の高校に入学後も、しばらくショックから立ち直れず鬱々(うつうつ)と過ごした。行きたかった高校の制服に身を包んだ同級生がまぶしく見えた▲今ならば、高校入試は人生のほんの通過点であって、挽回する機会はいくらでもある、と言える。だが当時は、もう将来は閉ざされたようなもの、と思い込んでいた▲作家の故水上勉さんは「人生は人に挫折を与えるように仕組まれている。挫折は、いわば新しい出発の節目である」(泥の花)と書いている。行商人、集金人、代用教員など30もの職を転々として「挫折ばかり」だった水上さんは、昭和を代表する人気作家になった▲回り道のようで後になってみれば、実はその道がベストだったと分かることもある。受験で笑った人も、泣いた人も、新しい出発に幸あれ。(潤)

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