「ワタシの分身」はどこへ?仮想世界で生きる時代 広がり続ける「リアル」との曖昧な境界

水槽の中で泳ぐマナティーの様子を中継する自分の分身ロボット。中央はガイド役の飼育員=2021年8月、高松市の新屋島水族館

 テクノロジーの進歩で「現実」は拡張し、何がリアルで何がそうでないかの境界線は曖昧になった。自分の分身は「距離」を超越し、私たちの日常生活や他人との交流はますます仮想世界に移行している。アバターやロボットが「私」の分身として生きていく時代がやってくる。(共同通信=澤野林太郎、平川翔)

 ▽五輪選手が目の前に

 「シュパーン」。東京五輪バドミントン男子シングルスの1次リーグ。桃田賢斗(ももた・けんと)選手がスマッシュを放つとシャトルは相手コートに突き刺さった。東京・お台場に設置された本物そっくりの「仮設コート」に、桃田選手が目の前で競技しているかのような3次元映像が浮かび上がった。

 NTTは、人工知能(AI)が映像の中から選手一人一人の体の動きを抽出し、リアルタイムで伝送する技術を開発した。実際に競技が行われている会場をカメラで撮影し、選手の体とシャトルだけを切り取って別の場所に伝送。ホログラフィックと呼ばれる投影技術を使って立体的な映像を投影できる。

 新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪は無観客開催となった。NTTは「離れていても会場にいるような超臨場感」を作り出すため先端技術を結集した。

 桃田選手の競技があった2021年7月28日、会場となった東京都調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザに1台の高性能8Kカメラを設置した。約20キロ離れたお台場の日本科学未来館には縦約13メートル、横約5メートルのバドミントンコート。ネットも本番用で観客席も設けられた。

 競技が始まると等身大の桃田選手らの姿が無人のコートに映し出される。実際に戦っている様子と全て同じサイズ。時速400キロを超えるとされるシャトルの動きも見逃さず、ほぼ遅滞なく遠隔地に伝送可能だ。音声も同時に送られ、シューズが床をこする「キュッキュッ」という小さな音も聞こえる。選手が目の前にいるような錯覚を覚えた。

日本科学未来館のコートに立体投影された東京五輪のバドミントン競技=2021年7月、東京・お台場(NTT提供)

 「目の前で大リーグの大谷翔平選手やテニスの大坂なおみ選手の活躍が見られるかもしれないですよ。しかも最前列で」。NTTの担当者は自信を見せた。

 ▽どこでもドア

 水槽の中のマナティーがゆっくりと近づいてきた。新型コロナウイルスの影響で休館中だった高松市の新屋島水族館。タブレットを装着した移動型ロボットが500キロ以上離れた東京にマナティーの姿を中継していた。

 車輪が付いたロボットを東京から遠隔操作し、自分の分身(アバター)が館内を自由に見て回る。現地に行かなくても行ったかような体験ができる「瞬間移動」サービスが始まっている。ANAホールディングス傘下の「アバターイン」(東京)は、移動型ロボット「ニューミー」を開発した。タブレットと車輪が付いた簡単なつくり。操作する人はパソコンを使い、インターネットを通じて前後左右に移動させたり、内蔵カメラの方向を自由に変えたりできる。

 用途は幅広い。足が不自由で孫の結婚式に出席できない祖父母の代わりにアバターが参加し、披露宴を生中継したこともある。コロナで人と会えない場所でも問題ない。感染者が入院している病室を見舞いに訪れ、家族は画面越しに面会できる。患者が最期を迎える時に立ち会ったアバターもいる。同社の深堀昂(ふかぼり・あきら)最高経営責任者(CEO)は「人が体を動かさなくても移動できるようにしたい。ドラえもんの『どこでもドア』を作りたかった」と話した。

 2020年11月、地上から約400キロの距離にある国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に、縦横12センチの「スペースアバター」が持ち込まれた。東京・虎ノ門ときぼうをつないで映像の伝送実験が行われた。

 実験は宇宙航空研究開発機構(JAXA)と東京大が協力。地上から一般参加者が遠隔操作し、アバターのカメラを窓に向けると、地上のパソコン画面に青い地球の4K映像が送られてきた。将来はアバターが宇宙ステーション内を自由に移動できるようになるかもしれない。 

 ▽メタバース

 360度に広がる東京・渋谷の町。なぜか人の気配はなく、電車や車も通っていない。「あれを見て」。女性キャラクターに促されて後ろを振り返ると、駅前の大型ビジョンに「私は死んだ。犯人は誰?」との文字が浮かび上がった。

 2019年発売の「東京クロノス」はゴーグル型の仮想現実(VR)端末を着けて不思議な世界の謎解きをするゲームだ。自分がまるでその空間にいるような感覚を味わえる。感情を揺さぶる強烈な体験が売りで国内外のファンを獲得している。開発元は16年創業のマイディアレスト(東京)。キャラクターが目の前にいるような存在感は既存のコンテンツにはない特色で、感情移入の度合いも深い。「ゴーグルのせいで涙が拭けない」という感想が多く寄せられるほどだ。

東京・渋谷を舞台にしたゲーム「東京クロノス」の一場面。プレーヤーが振り返ると、大型ビジョンに不吉な文字が浮かび上がっている(C)Project TOKYO CHRONOS.

 今最もVRに力を入れている企業と言われるのが米IT大手メタ(旧フェイスブック)だ。ゴーグル型端末「オキュラス・クエスト2」は、日本の家電量販店にも販売員を置くなど積極的に展開する。VR上で会議ができるソフト「ホライゾン・ワークルーム」も無償で公開した。最大16人がまるで同じ場所にいるような感覚で会話し、ホワイトボードにアイデアを書き込み、パソコン上の資料を共有することができる。狙うのは、インターネット上の仮想空間に展開される「メタバース」と呼ばれる新たなサービス市場だ。

 メタバースには人気ゲーム「フォートナイト」で知られる米エピック・ゲームズも多額の投資を進めている。このゲームは世界中のプレーヤーの待ち合わせ場所として使われる。別料金でキャラクターの衣装などを買うことができ、米津玄師(よねづ・けんし)さんら著名アーティストのライブ会場にもなった。リアルな現実と遜色のない新しい交流の形が現れようとしている。

 ▽「アバターが活躍の場広げる」

 アバターに詳しい東京大の鳴海拓志准教授に話を聞いた。

 仮想現実(VR)や拡張現実(AR)と呼ばれる技術を使えば、体が不自由な人がアバターを操作して観光や買い物を体験できるようになる。足りない部分を補完しつつ長所を積極的に出すことができるため、活躍の場を広げることに役立っている。

東京大の鳴海拓志准教授(本人提供)

 アバターには人を進化させる可能性もある。自分をスーパーマンのようなアバターに設定すれば、現実社会でも人を助ける行動をするようになる。黒人のアバターを体験した白人は、人種差別意識が薄らぐ傾向があるという研究結果もある。他人の人生を追体験することで多様性と寛容性が身に付く。

 一方でバーチャルな空間では偶然性に遭遇することが少ない。新しい考えや異質なものに出合う機会が減り、特定の分野に『没入』し、偏った価値観を形成してしまう恐れがある。自分の考えとは異質なものに触れることにも意識的にならなければならない。アバターの技術は、自分の社会を狭めるのではなく、広げる大きなきっかけにするべきだ。

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