「将来なりたい職業」が、男女で子どもの頃から違う理由 フィンランドでは調査自体がほぼない?

ジェンダーバイアスについて対談する田中俊之さん(左)とレーッタ・プロンタカネンさん=3月3日、東京都港区のフィンランド大使館

 大人になったら何になりたい?毎年、さまざまな媒体が公表する「子どもがなりたい職業ランキング」。小学生の女の子の間では、パティシエや幼稚園の先生・保育士、男の子はユーチューバーやサッカー選手がそれぞれ人気職業だ。男の子と女の子でここまで答えが違ってくるのはなぜだろう。

 専門家が注目するのは日本社会に残る「性別役割分担」だ。男女平等の実現度が高いと言われているフィンランドでは、同種の調査自体があまりないという。男性学の研究者田中俊之さんと、男女格差が少ないことで知られるフィンランドの外交官レーッタ・プロンタカネンさんに話を聞いてみた。(共同通信=宮川さおり)

 ―大手保険会社が昨年公表したランキングによると、小学生女子ではパティシエ、学校の先生、幼稚園の先生・保育士。男子は会社員、ユーチューバー、サッカー選手が人気でした。中高生女子には看護師、男子にはITエンジニアが加わっています。

 

男性学の研究者田中俊之さん

 田中 日本の社会では性別によって期待されることが明確に分かれ、男性には競争に勝つ強さ、女性には協調性や、他者をケアする優しさが求められます。ランキングはそれを映し出していると言えます。

 ユーチューバーやプロスポーツ選手はかっこいいだけでなく人気や地位、収入が高く、競争に勝ち抜く象徴です。ITエンジニアら理工系分野は単なる夢ではなく、中高生なんかは高収入というリアルな事情も考えていると思います。女子に人気のパティシエは「ケーキで人に喜んでもらう」、つまり他者のために、という面がある。パティシエの世界には男性が多いという現実はさておき、ケーキ作りが「女らしさ」を感じさせるということも関係しているのではないでしょうか。

 ―さまざまな媒体が実施しているランキング調査の中には小学1年生に尋ねたものもあります。

 田中 わずか6歳の段階で女の子と男の子の描く将来に大きな違いが出るということですね。

 

フィンランドの外交官レーッタ・プロンタカネンさん

 プロンタカネン 今回、田中さんとの対談の話が決まっていろいろ調べてみたのですが、フィンランドでは、子どもがなりたい職業についての調査自体があまりないんです。日本ではさまざまなところが毎年調べていて、話題になっていることがとても興味深いです。

 ただ、2016年に調べたものがあったので説明します。女子の人気職業は教師や獣医師、医師、男子は警察官、消防士でした。違いはありましたね。小さい時は実際の仕事を知っているというより、映画やテレビなどで見てイメージを持つのではないでしょうか。

 私たちは、女の子に人気の教師や医師を、ケア・ギバー(世話をする人)の仕事というような捉え方ではなく、「対面の仕事」という考え方をしています。その意味では女の子の方が、より他の人とコミュニケーションを取る機会が多い職業を望む傾向がありますね。

 田中 平等実現度が高いとはいえ、一定程度は性別に基づく「男らしさ、女らしさ」といった考えが社会に根付いているのですね。

 僕の方も、フィンランドでこういった調査があまりないというのを聞いて興味深いと思いました。小さい子に男女で答えが違う前提で将来の夢をこんなに聞いているのは特殊なんだな、と。

 ―21年公表のジェンダーギャップ指数によると、フィンランドの男女平等の実現度は世界2位です。

 プロンタカネン 当然ですが私たちも完璧ではありません。改善できる分野はあります。例えば17年に大学を卒業した女性は53%。男性より多い。さらに、フィンランドで、高等教育を受けた人、つまり高学歴の人は女性の方が多い。一方でSTEM分野(科学、技術、工学、数学)を学ぶのは男子が多いなど、偏りが残っています。

 大事なことは選択肢を狭めるのではなく、早い段階から子どもに対し「いろんな可能性がある」「男女関係なく自分らしい選択があるんだよ」ということを伝えることだと思います。

 幼い段階からジェンダー・バイアス(性別に基づく固定観念)を植え付けないよう、フィンランドでは学校の教科書に指針を設けています。先入観を与える写真はもとより「お父さんが新聞を、お母さんは食材を買いに」といった文章は載せないといった内容です。

 田中 日本もジェンダーの問題に多くの人が関心を寄せるようになり、社会全体の意識は変化してきています。ただ、男性と女性を「異なる特性を持つ二つのグループ」として理解する傾向はまだまだ根強いですね。

 例えば色の話なんですが。日本はピンクは女の子の色、ブルーは男の子の色といった概念が浸透しています。僕の息子が、ピンクの服を着て出掛けたんですが、友達に「女の子の色だよ」と言われて着なくなってしまったんです。僕自身も基本的には黒とか紺とか、黒っぽい服を着がちですが、今日は思い切って花柄ネクタイにしてみました。そしたら明るい気分になりました。

 プロンタカネン フィンランドでもかつてピンクは女の子のものというイメージがありましたが、今はあまりありません。どちらかというと、合理的な理由からでしょうか。つまり、持続可能な開発目標(SDGs)の理念が浸透し、上の子の服を無駄にせず下の子にも着せたいという親が増え、ニュートラルなデザインが選ばれるようになりました。

 田中 何においても、決めつけない、自由で可能性を制限しない考え方は大切ですね。実は4月から今の大学を辞めて、別の大学に移るのですが、「大学を辞めるんです」とある方にお話したら「次はどんなことをするんですか?」と聞かれました。新鮮でした。僕自身、大学の教員の道以外あまり考えていなかったし、実際移った先でも教員です。質問を聞いて「あ、僕は何をやってもいいんだ。できるんだ」と思いました。

 プロンタカネン 私の「なりたい職業」は小学生のときは馬の調教師、高校生では弁護士、そして大学生のときは飛行機のパイロットと変化しました。「あれは男の子の仕事だから」「これは女の子の仕事だから」と可能性を排除するべきではありません。

 そして時間の経過とともに変わったっていい。いつでも社会の側がドアを開いておくことも大切です。いったん何かを選んだとしても、それを一生変えてはいけないと言うことではなく、学び直しの選択があることが重要なのです。例えば大学ではSTEMを学ばなかった女性が、いったん社会に出てから改めて「やっぱり工学を専攻しよう」でもいいわけです。フィンランドは社会として国として、学び直しを支援しています。

 田中 男女平等や多様性尊重など、北欧の先進的な状況を聞いて「人口規模が違う」「実現までには時間がかかる」と、別世界の話にしている人がいますが、フィンランドの教科書の取り組みをはじめとして、日本でも参考にしてすぐにできることはあります。意識の問題なので、まず「なぜ取り組みが必要なのか」を伝えることから始める必要がありますね。(敬称略)

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 たなか・としゆき 1975年生まれ。大正大心理社会学部准教授。著書に「男子が10代のうちに考えておきたいこと」など。6歳と2歳の男の子の父。4月からは大妻女子大人間関係学部准教授に。

 REETTA・PURONTAKANEN 1978年生まれ。EU関連の仕事を経て2018年にフィンランド外務省入省、20年から在日大使館報道・文化担当参事官。

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