バスと電車と足で行くひろしま山日記 第23回岳山(だけやま 府中市)

広島県の山登りというと、県北部と西部、沿岸部の山々が中心で、東部の山が話題になることは少ない。手元にある古いガイドブックを見ても、備後地方はほとんど空白だ。中国山地と瀬戸内海沿岸の低地との間には、標高200~600メートルの吉備高原が岡山県から広島県東部まで広がっている。地殻変動によって持ち上げられた、隆起準平原とよばれる高原地形のため、著名な山も少ないのだ。数少ない例外が府中市の斗升(とます)町と上下町の間にそびえる岳山(だけやま 738.6メートル)だ。巨岩・奇岩が並ぶという備南の秀峰に行ってみよう。

▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)ピースライナー(おとな往復4300円)/広島バスセンター(8:00)→(9:56)上下駅前
中国バス・道の駅びんご府中行き(おとな片道440円)/上下駅前(10:05)→(10:17)斗升
帰り)ピースライナー・上下駅前(15:07)→(16:59)新白島駅


アクセスはバス一択


広島市から登山口のある府中市北部へ公共交通機関でアクセスするのはなかなかハードルが高い。世代的にはまず鉄道利用を考えるのだが、最寄り駅となるJR福塩線上下駅は上下とも1日5本しか列車が止まらない。廃止が取りざたされている芸備線の三次以北と変わらない不便さだ。山登りに使えそうなのは朝7時48分着の列車だが、福山発は6時13分のため前泊が必要になるから無理。となると広島バスセンターから世羅・甲山・上下・甲奴方面行きの高速バス「ピースライナー」に乗って上下駅前で中国バスの路線バスに乗り継ぐルート一択だ。バスの便数は少ないので、事前にネットでダイヤを調べてプランニング。ピースライナーはICカードのパスピーが使えないので、バスセンターで往復券を購入(片道ずつ買うと600円高くなる)し、午前8時発のピースライナーに乗り込んだ。


岩海の谷沿いを登る


上下駅前で中国バスのコンパクトな路線バスに乗り換える。車内には「公共交通が今、ピンチです」と、利用者に協力を訴えるポスターが張られていた。中山間地のバス路線の経営の厳しさを実感させられる。斗升バス停には10時17分に到着。帰りのバスが「13時22分」なので、3時間で戻ってこなければならない。ガイドブックのコースタイムは3時間25分になっているので、相当なペースで歩く必要がある。いつもは山間地の路線バスを利用するときは念の為バス停の時刻表を確認しているのだが、今回は先を急ぐ気持ちがあったせいか、パスしてしまった。これが後で後悔することになる。

登山口の斗升集落に向かうために乗った中国バスの路線バス

バス停から登山口までは集落を抜けていくが、要所に看板があり、迷うことはない。15分ほどで登山口に着いた。ステンレスの箱に納められた「岳山日記」に記帳して入山。ルートは岳山と前岳に分かれているが、まずは岳山に向かう。しばらくは沢沿いを登るのだが、沢は大きな岩で埋め尽くされている。野呂山の回でも紹介した岩海だ。ここは風化して崩落した花崗岩が谷筋に集まっている。西に約5キロ離れたところには国指定天然記念物の矢野の岩海がある。こちらは規模こそ小さいが、なかなか見ごたえのある風景だ。

斗升バス停近くの案内看板。親切に登山口までの道を案内してくれる

斗升登山口の案内板

岳山日記に記帳して登山開始

沢筋を覆う岩海

林道の終点を越えて10分ほど登ると巨岩が目の前に現れた。「烏帽子岩」の木柱標識が立っている。ここから一気に傾斜がきつくなる。ロープが張られているが、落ち葉が詰み重なっているうえ、前日雨だったこともあり、よく滑る。慎重に足を運んだが、それでも一度足をすくわれかけた。稜線に出たのは登山開始から約40分。コースタイムは60分なのでいいペースだ。

最初の巨岩「烏帽子岩」


巨岩見物の尾根歩き


岳山のピークは左だが、右に向かって先に「五郎岩」を見に行く。尾根の東端で、この後向かう前岳が見えた。引き返してピークに向かう途中に平たい「二郎岩」。二人連れの男性が休憩中だったが、写真を撮ろうとしたらわざわざ避けて下さった。スミマセン。

稜線上の五郎岩

平べったい二郎岩

次は「はさん箱岩」(六部岩)。四角い巨岩が重ねられたように鎮座している。「はさん箱」とは、武士が外出する際に着替えの衣服などを入れて従者にかつがせた「挟箱」(はさみばこ)が変化したもの。言われれば確かにそう見える。

四角い箱を重ねたような「はさん箱岩」

稜線をしばらく歩くと「ぬすっと岩 5分」の標識。岳山の巨岩群の中でも一番の見どころだ。急坂を慎重に下ると斜面にその岩が現れた。10数メートルはあろうかという二つの巨岩が支え合うように立っている。上部には隙間を埋めるように岩が挟まっており、数人は入れそうな空間になっている。奇妙な名前の由来は、昔盗賊がここを根城にしていたという伝承からだそうだ。

岩の間に大きな空洞がある「ぬすっと岩」

中はかなり広い。盗賊のアジトだったという説もまんざらではなさそう

稜線に戻ってしばらく歩くとほどなく岳山山頂。木立に囲まれてそれほど眺望はない。写真だけ押さえて先を急ぐ。10分ほどで「展望岩」に着く(展望は良くない)。右手から回り込むように下をのぞくと、人ひとりやっと通れる細い隙間があり、左に抜けると縦走路に出た。頂上の案内板によると「国引岩」の名がついているそうだ。

岳山の山頂広場

国引岩。中央の隙間を通り抜ける


爽快な眺めの前岳周辺


歩きやすい尾根道を行くこと15分で前岳(723.4メートル)山頂。ここは眺望こそないが、少し歩いて尾根の東端まで行くと一気に視界が開ける。南東方向には瀬戸内海や島も見えた。ただ、山並みは同じような高さの峰々の連なりであまり変化はない。さらに数分先に行くと「八畳岩」。麓の斗升集落が一望できる。ここで昼食にしてもよかったのだが、時刻は12時25分。時間が読めないので下山を優先することにした。

前岳の山頂。ここも眺望はいまひとつ

稜線の東端から南東方向を望む。遠く瀬戸内海が見えた

八畳岩。眼下に斗升の集落

「岩場コース」と「一般コース」の分岐では、先を急ぐのと安全を考えて迷わず「一般コース」を選択。合流点から「岩場コース」の岩稜を見上げると、ルートの険しさが見て取れた。コースタイム50分のところ30分弱で斗升登山口に下山した。時刻は12時55分。バス停までの距離を考えても余裕だろう。

分岐。迷わず左を選択

合流地点から岩場コースを見上げる。無理をしなくてよかった


またも痛恨の…


13時10分、バス停に到着。時刻表を見ると、次のバスは15時32分(!)。慌てて調べ直してみると、なんと13時22分は反対方向に向かうバスの時間だったのだ。時刻表を見誤るのは野呂山以来の痛恨事。2時間近くもすることはないし、何より15時7分上下駅前発の広島行きピースライナーに間に合わない。最終は18時10分だが、帰宅が遅くなるのは避けたい。グーグルマップによると、上下駅までは約9キロ、歩けば約2時間。早歩きなら間に合うだろう。覚悟を決めて歩き始めた。

登山靴での舗装路歩きは苦痛だ。途中から旧石見銀山街道のルートと重なり、これはこれで思い出になるかもしれない、と無理やり自分を納得させる。

一生懸命歩いて上下の町に着いたのは14時40分。約1時間30分で歩き通した。バスの発車まで少し時間があるので、初めて訪れた白壁の町並みをしばし見物。大正時代に建てられた国登録有形文化財の芝居小屋「翁座(おきなざ)」や明治期の警察署、上下教会などを見て回り、帰途についた。

斗升集落から見た岳山(右)と前岳

1時間30分歩いて上下の町に到着

大正時代に建てられた劇場「翁座」

上下教会

《付記》

というわけで、あまり参考にならない山歩きになってしまった。もし、最初に帰りのバスの時間を確認して間違いに気付いていたらどうしたか。今回は斗升登山口から岳山・前岳を周回したが、稜線から西側の扇原方面へ降りる複数のルートも選択できる。西側へ下山すれば、約30~40分歩いてピースライナーの矢野温泉口バス停(15時16分発)から帰りのバスに乗ることができる(帰りを矢野温泉口から乗るにしても、上下駅前往復券を買った方がお得)し、時間的にも余裕ができる。西側斜面にも「どどろ岩」「妙剣」「屏風岩」など多くの巨岩・奇岩があるそうなので、これも楽しめそうだ。

〇矢野温泉口の停留所は以下HPの「のりば案内」で確認を

ピースライナーHP(https://www.hiroko-group.co.jp/kotsu/kousoku/peace/index.htm

2022.3.20(日)取材≪掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください≫

ライター えむ
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記

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