「直腸に金属製ナット」入所者が不自然なけがをする公立施設の闇 職員アンケートで虐待疑い情報40件

中井やまゆり園で2019年に鎖骨を折ったとされる男性入所者。職員がカートをぶつけた疑いがある

 神奈川県立の知的障害者施設で、県が職員にアンケートを実施したところ、約40件もの虐待疑いの情報が寄せられた。この施設では、入所者の一部をほぼ終日、外側から施錠した部屋に閉じ込めていたことが昨年、判明。入所者が不自然なけがをするという問題も指摘されていた。職員アンケートの回答には耳を疑うような内容も含まれている。一体、施設内で何が起きていたのか。(共同通信=市川亨)

 ▽虐待を隠蔽した疑いも浮上

 問題の施設は、神奈川県中井町にある県立「中井やまゆり園」。誤解がないように付け加えると、2016年に入所者ら45人が殺傷された相模原市の「津久井やまゆり園」とは異なる。津久井園も県立だが、社会福祉法人の運営。中井園は県が直営する。つまり、働いているのは県職員だ。

 中井園では、重い知的障害や自閉症で強度の行動障害がある入所者の一部を1日20時間以上、個室に閉じ込める対応が常態化していることが昨年、複数の職員の証言で明らかになった。

神奈川県立「中井やまゆり園」=2021年11月、同県中井町

 虐待を隠蔽した疑いもある。男性職員が19年に運搬用のカートを入所者にぶつけ、鎖骨を折るけがをさせたという証言があったのに、他の利用者が足で踏んだ事故として処理したというのだ。

 ▽職員本人が否定「原因は特定できない」

 神奈川県はこの骨折のケースについて再調査を実施し、結果を今年3月、県議会に報告した。県によると、法医学の医師はこう指摘している。「骨折部位や内出血の位置から見て、踏まれた可能性は低い」。さらに「ぶつけるところを直接見た」と言う職員も現れ、「利用者にカートをぶつけることが日常的にあった」という証言も寄せられた。

 疑われた職員は当初、暴行を否定。現在は別の施設に異動しており、関係者によると「病休中」という。県は本人から話が聞けないとして「原因は特定できない」と議会に報告した。

 共同通信は骨折した利用者のものとされる写真を入手。見たところ、右肩に大きく赤黒いあざが広がっている。複数の職員は取材に「踏んだことによるけがでないことは最初から一目瞭然なのに、他の入所者のせいにして事故扱いにし、再調査でもうやむやにした」と話し、園や県の対応を批判した。

 ▽アンケートの回収方法を勝手に変更

 

2021年11月に撮影された、入所者の背中の不自然なあざ

 神奈川県は骨折の再調査の中で、別の虐待疑いがあったとの情報を得た。これを受け、中井園の現・元職員約250人を対象に昨年12月下旬~今年1月中旬、匿名のアンケートを実施している。

 現職の職員からの回答は、誰のものか分からないよう園内に回収箱を設けるはずだったが、副園長が県の担当課に無断で回収方法を変更。封書で副園長らに渡すよう求めた。

 職員からは疑問視する声が上がった。「誰が回答したか分かってしまうし、中身を見られるのではないかという不安から答えなかった人もいるのではないか」

 菅野大史園長は取材に対し「『回収箱だと誰かが抜き取るのではないか』との声があったためで、他意はなかったということだが、配慮不足だった」と釈明。県の担当課も不適切だったことを認める。

 ▽直径2センチの金属製ナットが肛門に

 結果的に、アンケートの回収率は約40%だった。それでも、虐待や不適切な支援の疑いがある情報が約40件もあった。県は内容を明らかにしていないが、複数の職員や関係者によると、「職員が利用者を殴った」「暴言を吐いた」「利用者が食事をまだ食べているのに、途中で捨てた」といった内容。関与を指摘されている職員は10人以上いるという。

 そのほか「すしにわさびを大量に盛り、利用者に食べさせた」「利用者の顔に消毒液をかけた」という情報も。さらには「(工具部品の)ナットが利用者の肛門に入っていた」と驚くような事例もあった。

 

報告書に添付されたナットの写真

 最後のナットのケースについて、共同通信は「事故報告書」を入手した。それによると20年3月、男性入所者の様子がおかしかったため、職員が病院に連れて行き、入院。手術で摘出されたナットは直径約2センチの金属製で、肛門の上の直腸に入っていた。

 一体、誰が入れたのか。ナット自体は入所者が日課の作業で使っていたものだったという。この男性には行動障害があり、報告書は「自分で肛門に入れてしまったと推測される」と結論付けた。だが、痛がっていたといい、職員の間からは「本人の行動パターンからして、考えられない。誰か職員がやったとしか思えない」との声が出ている。

 ▽「変わらなければ県立施設として存在意義ない」

 鎖骨が折れていたケースに関する県の報告は、園の「根本的な問題」をこう指摘する。「けがの原因を利用者同士のトラブルと断定してしまう、人権軽視とも取れる体質」

 さらに「職員同士のコミュニケーション不足や、管理職が利用者を見ていない状況がある」としている。職場環境がかなり不正常な状態になっていたようだ。県は本庁職員を園に常駐させ、組織運営を見直しているほか、新規の入所者受け入れを停止した。

肛門にナットが入っていた入所者に関する2020年3月の報告書

 アンケートで寄せられた多数の虐待疑いの情報については、3月3日に有識者から成る調査委員会を設置。職員らから改めて話を聞き、事実関係を調べている。

 委員会の初会合で黒岩祐治知事は「アンケートの内容を見て、がくぜんとした。うみをしっかり出し切ってほしい」とあいさつ。委員長の佐藤彰一・国学院大教授は「なぜこのような事案が生じているのか、事実関係はもちろん、背景事情を含めて明らかにしたい。利用者の生活と職員の職場環境を良い方向に変えていかなければ、県立施設として存在意義はない」と厳しく指摘した。

 虐待疑いの情報には、職員間の対立による悪意のある内容も含まれている可能性がある。委員会は慎重に調べる考えで、まず4月末に調査結果の一部を公表するとしている。

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