世界を巻き込むゼレンスキー大統領の演説手法、そのヒミツとは 社会心理学者が解説

日本の国会議員に向け、オンラインで演説するウクライナのゼレンスキー大統領。国会で海外の要人がオンラインで演説するのは初めて=23日午後

 ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会でオンライン演説を行い、激化するロシアの攻撃により子どもを含む多くの国民が犠牲になっている悲惨な実情を訴えた。日本に先立って演説した欧米などでは、その国々の著名なリーダーの格言を引用したり、具体的な戦争に関するエピソードを使い分けたりして、支援の輪を広げてきたゼレンスキー氏。日本でも原発で有事が起きた際に与える影響の大きさや避難民の苦しみなどをちりばめながら、ロシアへの経済制裁の継続を求めた。こうした世界を巻き込むゼレンスキー氏の演説手法について、東京女子大の橋元良明教授(社会心理学)に解説してもらった。(共同通信=杉田正史)

 ―日本の国会に登場したゼレンスキー氏は、無精ひげにカーキ色の上着姿でした。欧米での演説やSNSのビデオメッセージでもTシャツ姿が多く、スーツを基本とする一般的な政治家の服装とはかけ離れています。

 「情報戦や心理戦といったプロパガンダの技法の一つに『庶民化(平凡化)』があります。これは、話し手が大衆と同じ立場や境遇であることを強調する技法で、話し手も『あなたの仲間だ』というアピールができるとともに、安心感と一体感を醸し出すと言われています。ゼレンスキー氏の飾り気のない服装は、大衆に『私たちと同じ』であることを意識させているのではないでしょうか。また、特別な知識階級や政治家の出身ではなく、コメディアンから大統領になった事実も親近感を生み出し、『庶民化』の効果を高めています」

東京女子大の橋元良明教授

 ―日本の演説でも一体感をつくり出す工夫はありましたか。

 「ありました。まず、『日本の皆さん』という呼び掛けるフレーズが複数回にわたり使われ、その上で日本に敬意を表しました。具体的な内容としては、『調和をつくり、維持する能力が素晴らしい。環境を守り、文化を守るというのが素晴らしい。ウクライナ人は日本の文化が大好きだ』などと持ち上げました。ゼレンスキー氏は、妻が目のよく見えない子ども向けのプロジェクトで日本の昔話をオーディオブックにしたとのエピソードを紹介しながら、『距離があっても、価値観は共通している。心は同じように温かい』と述べました。対ロシアで一緒に戦いましょうとの共感を生み出そうとしたのではないでしょうか」

 ―欧米各国の演説では、その国が経験した危機的状況やリーダーの格言などを交えながら、武器供与を中心とした支援の拡大を求めてきました。どういった意図が隠されていますか。

 「米議会向けの演説では、『あなた方を襲った航空機で、空が黒く覆われた真珠湾攻撃の日の朝を思い出してほしい』と、米国が経験した過去の戦争の例や、2001年の米中枢同時テロで直接攻撃にあったことを挙げました。英下院では、ナチス・ドイツとの戦争に打ち勝った名宰相チャーチルを想起させる文言を引用しました。イスラエルの国会議員向けには、ロシア軍の侵攻による被害をホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)になぞらえました。これらは、強力な武器の提供を要求するに当たり、身近に感じる話で一体感を醸成したかったのだと考えます」

3月16日、ワシントンの米議会に向けてオンラインで演説するウクライナのゼレンスキー大統領(米議会テレビ提供・AP=共同)

 ―日本では欧米などとは異なり、過去に体験した戦争には触れず、主に経済制裁の継続を求めました。

 「日本の憲法を理解し、穏やかな国民性への配慮から、武器の提供を求めず、広島と長崎で原爆が使用されたことに言及しなかったのでしょう。一方で、ロシアが支配下に置いたチェルノブイリ原発について『事故があった原発のことを想像してほしい。現役の核物質の処理場をロシアが戦場に変えた。戦争が終わってから、どれだけ大きな環境被害があったかを調査するのに何年もかかるだろう』と説明しました。これは東京電力福島第1原発事故をほうふつとさせました。ロシアが計画しているとされる化学兵器の一例に『サリン』を挙げ、日本人に刻まれている事件の記憶も呼び起こしました。ロシアの侵攻で避難を余儀なくされているウクライナ国民が大勢いると訴えた後、『日本の皆さんもきっと、住み慣れた故郷に戻りたいという気持ちがお分かりだと思う』と、故郷を追われた福島県民を思い出させる内容で結びました。日本人向けによく練られたスピーチでした」

シェルターに覆われたチェルノブイリ原発の4号機=2018年11月、ウクライナ北部(ロイター=共同)

 ―ゼレンスキー氏自身がスピーチを考えているのでしょうか。

 「どこまで本人が内容を考えているのか、他者への印象操作を意図しているかは分からないですが、かなり優秀なスピーチライターがそばにいて、結果的にウクライナ国民と世界各国の共感を誘っているのは事実でしょう」

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