こころ豊かな社会の実現へ 自前主義から脱却し共創を――小川恭範・セイコーエプソン社長

長野県の諏訪湖のほとりで、時計の組み立て工場としてスタートしてから、今年で創業80周年を迎えるセイコーエプソン。同社は、1999年から経営理念に「地球を友に」と掲げ、地域環境との共生を目指した創業者の強い意志を受け継いできた。小川恭範社長はサステナブル・ブランド国際会議2022横浜の基調講演で「私たちは地球環境に積極的に貢献していきたいという思いが非常に強い」と自社を紹介。講演では、エプソンが思い描く持続可能な未来に向けて、独自に取り組む社会課題の解決策について紹介した。(藤本祐子)

「絶対に諏訪湖を汚してはいけない。地域に受け入れられる工場でなければいけない」。講演は、今も本社を諏訪湖畔に構える同社が、そんな創業者の強い思いに端を発し、環境との調和を図ってきた歩みを振り返ることから始まった。画面には、真冬に諏訪湖が全面氷結した時に見られる「御神渡り」と呼ばれる風景の写真が映し出され、小川氏は「この非常に神秘的な、古くから神様の通る道筋とも言われる氷の道が、最近はほとんど見られない」と説明。このことからも「地球温暖化を肌感覚で感じている」という。

長年培った「省・小・精」の技術とデジタルの力で価値を上げる

続いて小川氏は同社が2021年3月、気候変動問題や新型コロナウイルス感染症の流行などで新たに生じた社会課題へ的確に対応すべく、それまでの計画を改訂して制定した長期ビジョン「Epson 25 Renewed」について説明。この中で同社が「将来にわたって追求していくありたい姿」と位置付ける「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」という目標について、「人類はこれまで、どちらかというと物質的、経済的な豊かさを中心に求めてきたが、これからはもっと精神的、文化的な豊かさが必要であり、まさに『こころ豊かな社会』の実現が必須だ。そのためには、持続可能な社会が必須であり、持続可能な社会に貢献していくことこそが、一つのこころの豊かさではないか」と述べた。

長期ビジョンの制定に伴い、同社は取り組んでいく主な4つの重要テーマ(循環型経済のけん引、産業構造の革新、生活の質向上、社会的責任の遂行)を定めた。さらに独自の価値創造ストーリーを設定するとともに、「『省・小・精の技術』とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創する」というビジョンステートメントを掲げた。

「省・小・精の技術」とは同社が培ってきたハードウェアの技術。省エネルギー、小型・軽量、精密の技術を指し、小川氏は、「この技術はまさにそのまま環境に貢献できる技術だと自負している。さらにデジタルの力で価値を上げ、人やモノ、情報をつなげていきたい」と強調。また、「これまではどうしても自前主義が多かったが、これからはさまざまなパートナーの皆さまと共創していこうという思いから、このステートメントをつくった」と決意を語った。

加えて同社は昨年、「環境ビジョン2050」も改訂し、2050年にカーボンマイナスと原油、金属などの枯渇性資源の消費ゼロを達成する、という具体的な数値目標を設定した。この達成に向けて、脱炭素、資源循環、環境技術開発に対し、2030年までの10年間で約1000億円の費用を投入し、200万トン以上のGHG(温室効果ガス)の排出量を削減するという大きな目標を掲げている。

脱炭素に関しては、すでに昨年11月、日本国内の全拠点で再生可能エネルギーへの転換を実現している。「2023年までに、全世界で再生可能エネルギー化を進めていきたい」。小川氏はさらなる前進について意欲を見せた。

独自の捺染技術でアパレル業界の課題解決に貢献

現在取り組んでいる社会課題へのアプローチとして、講演の中で紹介されたのは、アパレル業界に対する提案。デジタル捺染技術の活用だ。

アパレル業界には、CO2削減や水資源の保全、廃棄量の削減、労働環境の改善などさまざまな課題があり、製品の多様化や納期の短縮、生産現場の分散化などの要望も抱えている。これらの課題や要望に、インクジェット技術を用いたエプソンのデジタル捺染は広く対応できるという。

「デジタル捺染は、アナログ捺染に比べてシンプルな工程で生産でき、短納期で少量多品種に対応できる、環境負荷が非常に低い技術です。労働環境の改善や資材・管理工数の削減にも貢献でき、非常に環境に配慮した課題解決の方法だ」と小川氏は力説。デジタル捺染機やプロジェクターを使った店舗演出を普及することで、エプソンはアパレル業界のエコシステムに貢献したい考えを示した。

ちなみに会場では、デジタル捺染の生地を使って服飾デザイナーが制作し、実際にパリコレに出展された作品が展示され、環境負荷低減と高いデザイン性を両立した衣服が、来場者の注目を集めていた。

自前主義を脱却し、さまざまなステークホルダーとの協力によって新たな社会価値、環境価値、経済価値を生み出し、社会に貢献していくことを目指すエプソン。すでに、JICA(国際協力機構)や阪急阪神百貨店など国内外でパートナーと共に、廃棄資源の活用や店舗演出の革新、絶滅危惧動物の保護といった社会貢献活動への取り組みをスタートさせているという。

「オープンイノベーションによって社会課題を解決していきたい。持続可能でこころ豊かな社会の実現に向けて、さまざまなステークホルダーの皆さんと一緒に取り組みたい」。小川氏は最後にそう力強く呼び掛け、講演を締めくくった。

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