「SNSという自己肯定の魔物で化け物ばかりが生まれる」。青木真也がPV至上主義に抱く恐怖

青木真也が“注目の一戦”を前に、自身が感じる戸惑いを隠すことなく語った。「ついに実現する因縁の対決!」と話題を集め、ONE Championshipの10周年を記念した史上最大のイベント「ONE X」において秋山成勲と対戦する青木は、「ちょっと慎重になっている」と話す。その真意と、現代社会に蔓延(まんえん)するPV至上主義に対する懸念とは?

(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)

注目度が高いことで青木真也が慎重になっている理由

3月26日に開催される「ONE X」で、日本向けのメインカードとして組まれた「青木真也vs秋山成勲」という一戦。日本の格闘技界をにぎわし、かつての格闘技ブームの時代をにおわせる2人の対戦が大きな注目を集めている。そんな状況に青木真也自身はある懸念を抱えているという。

青木:今回の試合、僕はそんな世間からの反応は良くないと思っていたんですけど、僕が思った以上に反応が良いんですよ。でも果たしてそれが良い客かってわかんないじゃないですか。

――それはどういう意味ですか?

青木:つまり僕が想定している客よりも大きいところを相手にすることになっているので、今回ちょっと慎重になっているんですよ。

――ご自身のVoicy(音声プラットフォーム)で、以前、インスタライブをやったらこれまでとは違う層の客がきて、客の質が落ちたからやらなくなったという話をされていました。そういう意味でしょうか?

青木:やっぱり売れるものとか、大衆に広がるものは中身が薄くなるんですよね。それによってちょっと質の悪い客が増えてくるんですよ。僕は客の質が悪いと、自分が表現をする上で心地いい空間だとは感じない。最近では3000〜5000人ほどの客がいればいいと思っていて、もっとコアな層は10人くらいでいい。そこに向けたものをつくりたかったんですよ。

――でも今回の試合はそこの想定を超えていて、客の質が落ちる不安があるということですね。

青木:なぜか今回はちょっと引きが大きくて、もうちょっと大きな規模を狙わなければいけなくなってきているんです。そうなると客の質は落ちるだろうし、今大会が終わったら客層がちょっと広がると思うんですよ。そうなったときにどうしようと悩んでいますね。

――これまで見てこなかった層に対して、どうつくればいいかわからないということですか?

青木:言い方はちょっと悪いけど、頭悪い人がおいしくなる(盛り上がる)ものをつくるのはけっこう簡単なんです。ちょっとぼやけたことを言って「いくぜー!」みたいなことを言っておけば、けっこう引きはいいんですよね。でもそれをやると僕自身がつくりたいものじゃなくなってつらくなるのを知っているんです。

僕はやっぱり90年代のプロレス・格闘技が好きだった層、30代中盤から50代前半ぐらいまでのターザン山本(プロレス雑誌の元名物編集長)とかにだまされてた人たちをガッチリ囲い込みたいと思っているんです。でももっとライトな層も相手にする必要が出てくると、そこをどうやって線引きして、囲い込んでいくかということに悩んでいますね。

PV至上主義みたいなところは怖くていきたくない

――RIZINでいうとご自身のnote(投稿型メディアプラットフォーム)で、平本蓮選手のSNSでの影響力はあれど、MMA(総合格闘技)としての実力が伴っていないというようなことを話題にしていました。

青木:今後、知名度ばかりを追い求めていって、実力が追いつかないという選手は増えていくと思うんですよ。だからよく「みんなSNSをやりましょう」とか、「フォロワーを増やしましょう」と言うけど、それが果たして豊かなのかどうか。自分がどのくらいの客がほしくて、どのくらいの層がほしいのかを改めて把握したほうがいいと思いますね。

――客が広がり過ぎると、自分が伝えたい、届けたい層がどこなのかわかりづらくなってくるんでしょうか。

青木:そうですね。とくに自分がつくりたいものやこだわりがないと、余計にわからなくなってくるでしょうね。だから僕は先日の(「ONE X」の)記者会見で、「こいつなに言ってんだ?」と思われるようなことを言い始めるわけです。コアなプロレスファンでなければわからない話をすることで、「俺はそっちにはいかねえぞ」と自分なりに止めているつもりなんです。

――今回ちょっと慎重になっているというところにもつながってくるわけですね。

青木:僕はPV至上主義みたいなところにいきたくないというか、怖い。自分がつぶれて、疲弊して、壊れていっちゃう自信があるので、自己防衛という意味でそっちにはいきたくないんです。

――PV至上主義に走ってしまう怖さはどんなところだと思いますか?

青木:勝手に解釈されていくわけですよ。神様がなにも言わないのに解釈されるように、信者ってそういうものなんです。そういうものが生まれ始めている時点でちょっと怖い。だって勝手に信じて、勝手に裏切られたって言ってくるんですよ。

――客層が広がり過ぎて、客質が落ちると、そういった怖さがあるわけですね。

青木:今まで僕たちつくり手でいうと、実力はあるんだけど知名度が追いつかなくて、知る人ぞ知るで終わってしまう人は多かったと思うんですよ。だからSNSを使って影響力をつけようという流れだったと思います。でもそれがいき過ぎたあまりに、みんな「実力とかどうでもよくね?」となっちゃってる。

――実力を見せるために影響力を追い求めていたのが、影響力を持つことが目的になっていると。

青木:それはすべての業界にいえること。もう格闘メディアなんて存在しないですよ。『あの選手がYouTubeでなにを言いました』とか、こたつ記事みたいなものばかり。結局それはPV数しか見ていなくて、誰でもできることじゃないですか。

――伝える内容や質はどうでもよくなっている典型的な例ですね。

青木:やっぱりひと手間入れて取材するとか、選手にちゃんと話を聞くとか、そういうことが大事ですよ。そこには一本電話して『この人だったらこういうことを言ってくれる』とか、『この人だったら言ってあげよう』みたいな関係性が必要になってくる。一周回って、当たり前のことができる人が強いという流れになってくると思いますけどね。

パワハラや体罰で得るメリットもあった

――当たり前のことをという意味だと「今日もコツコツやりましょう」というのは、青木選手がよく使う言葉ですよね。

青木:当たり前のことを当たり前にコツコツとやり続けることが一番大事ですよね。だってみんな良いことしか言わない。誰に怒られることもないし、律してくれる言葉をかける人もいないわけですよ。結局、自分でコツコツとやっていくなかでルーティーンを課していくことでしか自分自身との会話ってできなくなっていますよね。だからコツコツとやり続けて自分を律するしかないですよ。

――諭してくれる人がいなくなっているというのはそうかもしれないですね。

青木:パワハラや体罰に厳しい世の中が生まれたせいで、怖いから誰もなにも言わなくなっているんですよ。若手に一切ノータッチ。そうなるとSNSという自己肯定の魔物が住んでいることで、化け物ばかりが生まれてどんどん事故が起きていますよね。

――周りが良いことばかり言って、誰も厳しいことを言わないことで勘違いする人はいますよね。

青木:パワハラや体罰のデメリットは当然あるんですけど、メリットもある。もちろん殴れと言っているわけではなくて、厳しいことを言ってくれることのメリットはあったと思うんですよ。

――確かにデメリットばかりが話題になってメリットがなかったことにされているかもしれません。

青木:正直に言うと、僕は殴られて『これってやったらダメだったんだ』と覚えたことがいっぱいありました。殴られたことで道を踏み外さずにいられたこともあるし、受けられた試合もあります。そういうものが否定される今の世代は、自分で自分を律してやっていかなければいけないわけですよね。それはそれで大変だなと思います。

見てくれる人にとって意味あるものにしたい

――最後にそうした時代のなかで、青木さんが格闘技で表現していきたいことはなんですか?

青木:表現するなかで、身をもって映画やドラマのなかで教えてくれることってあるじゃないですか。だから僕もずっと言っているんですよ。見てくれる人にとってなにか意味あるものにしたい。ただ試合をして、ただ勝った負けた、よかったね、で終わりたくないんですよ。なにか有益なものにしていきたいと思っているんです。

――格闘技はストーリーが濃いからそこから教訓だったり、得るものはたくさんありますよね。

青木:僕はケンドー・カシンというプロレスラーにすごく影響を受けているんですけど、彼から生きていく上で支えられたり、指針にしたり、道しるべにしてきた部分がたくさんある。プロレス・格闘技の価値って、そこだと思うんですよね。そこにしかないともいえる。だからみんな表現する上でなにが大切かってもっと考えたほうがいいと思いますね。

――コンプライアンスが厳しい世の中になって、表現する上で難しいこともありますか?

青木:それは本当に難しい。それと、受け取る側の豊かさも減って、額面通り受け取ってしまうじゃないですか。だから投げかける側もすごくわかりやすく、丁寧に注釈をつけて言ってしまう。そこらへんの寂しさは常にありますよね。

――今後、広い層を見る必要が出てくると、その丁寧さも大切になりますよね。

青木:そうですね。だから今回は丁寧にやる部分とか、わかりやすい見出しづくりをする部分もあります。でもそれと同時に注釈をつけながら意味あるものをつくり続けたいと思っています。そうしないとせっかくやる意味がなくなっちゃうじゃないですか。

<了>

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