徳島の山あいで「つくるひと」をめぐりながら考える、地方移住とウェルビーイングな暮らし

「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」店長の池添亜希さん

2021年秋に発表された、世界的な旅行ガイドブック『Lonely Planet(ロンリープラネット)』のおすすめの旅行先ランキングトップ10地域編で、四国が初めて取り上げられ、6位にランクインした。四国の中でも環境問題や自然共生に関心の高い人々による注目を集め、移住者が増えているのが徳島県だ。都内にあるITスタートアップの地方拠点としてサテライトオフィスが集まる神山町や、ゼロウェイストの町として世界的に注目を集める上勝町など話題は尽きない。2021年の上半期(4~9月)は、県内への移住者が1041人(前年同期676人)と大幅に増えたという。そんな徳島の山あいを訪ね、「都市で消費するひと」から「地方でつくるひと」となった移住者たちに話を聞いた。(井上美羽)

ブリュワリーが農業を始めたワケは「廃棄物の有効活用」

「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」は、上勝町から全国にゼロウェイストを楽しく発信していきたい、という思いのもと6年間ビールを造り続け、ゼロウェイストの価値を世の中に伝えている。現在、同社がつくる「KAMIKATZ BEER」は、徳島県内にとどまらずゼロウェイストのコンセプトに共感した全国のショップや飲食店、ホテルなど多くの場所で店頭に並べられている。

今回取材に応じてくれた店長の池添亜希さんは、2019年4月に徳島市内から家族で上勝町に移住した。そして「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store』の店長に就任した2021年、ビールに使う麦の栽培を始めた。

池添さんたちが畑作業を始めたのは、ビール製造時に出てしまう廃棄物の有効活用を考えたことがきっかけだった。

「ビールの醸造後に、『モルトカス』という廃棄物になってしまうものが必ず出てしまいます。今までは上勝町の農家さんに引き取ってもらっていたのですが、場所も労力も時間もかかってしまうため、自分たちが出してしまう副産物を自分たちで有効利用できないか、悩み続けていました。その中で色々な出会いがあって、モルトカスを液体肥料に変えることができる機械を工場に導入することができました」

モルトカスからできた液肥を畑に撒き、耕すことで土の中の微生物が増え、その微生物たちの力でどんどん土がフカフカになっていくのだと、池添さんは話す。

スタッフは全員、農業初心者。初めての農業に挑戦し、開墾からスタートした麦畑は、無事に芽が出て、今年5〜6月に収穫予定だという。

「上勝の小さな循環を体現したスペシャルビールが今年の夏頃にビールに醸造される予定です。今年からは、半分ビール製造販売、半分農業で忙しくなりそうです」

農家に転身し、有機栽培の現実を知る

「NARUMI FARM」阿部なるみさん

上勝町で農業を初めて5年目の阿部なるみさんは、アメリカの大学を卒業し、東京で大手外資系、ゼネコンで貿易・秘書・翻訳などの海外プロジェクトに携わるバリバリのキャリアウーマンだった。

しかし、働きながら体調が優れず、スーパーで添加物の入った製品を買うことに抵抗を感じる中、アメリカでオーガニック製品を日常的に手に取っていたことを思い出す。

環境問題や食品添加物の問題にも思考を巡らせ、偶然の縁で5年前に上勝町へ移住することに。農業をやるならオーガニックでという思いから有機農家となった。無農薬・不耕起でのトマト栽培が、事業として軌道に乗るまでにはかなりの時間がかかったと話す。

「無農薬・不耕起農業を始め、5年をかけて、農業経営はやっと軌道に乗ってきました。その道のりは本当に大変で、当初はまわりに理解してもらえず、ずっと一人でした。

まず生産者側になってわかったことは、オーガニックと口でいうのは簡単ですが、オーガニック食材を作り、それで生計を立てることがどれだけ大変なことなのかという現実でした。

都市でお金を払えばオーガニック食材を簡単に手に入れられると考えている人は、まず労力に対する有機農家の対価の低さを知ってほしい。高く買えと言っているわけではありません。まずはみんなが有機野菜の作り方を知るべきだと、私は思います」

自分たちが口にする食材は、大地や空の自然の変化を反映しており、地球の健康が自身の健康につながっている。環境問題の深刻さや添加物や農薬の非安全性をどれだけ頭で理解し訴えていても、食の作り手になり身を持って体感するのとは大きな違いがある。

現在国内において、若者を中心に新規就農希望者が増加傾向にあるといわれているが、消費者から生産者に移行することは持続可能な社会を実現していくために必然の流れなのかもしれない。

無農薬で育てたトマトは、実が落ちてもすぐには腐らないという

山の暮らし、「ていねいに生きる」を詩歌にする薪窯パン屋

手作りの木の家と薪窯をもつ『moku moku note Bakery & Cafe』オーナーの吉野秀さんと家族

「ていねいに生きる」を人生の主題に掲げる愛知県出身の吉野秀さんは、山暮らしに照準をあて、全国を巡り、2008年に徳島県吉野川市の美郷の山奥に家族で移住した。

移住後、農業、建築、山暮らしにおけるさまざまな生きる知恵を学び、「木の家」なる店舗を設計。3年かけてセルフビルディングをしたのち、念願の薪窯とこだわり素材のパン屋『moku moku note』を2021年9月にオープンした。吉野さんは石窯も自分で作り、薪を割り、自家製酵母でパンを焼く。

「何を為すかよりも、どう生きたいかに軸がある」と話す吉野さんは、ていねいな暮らしを具現化するために、若い頃から、山暮らしを求めていたという。

「この地に来て、この景色と山を見た時、一目惚れでした。きっと、私の求める『いのちと共に在る暮らし』が、この山につまっている、と強く感じました」

車で市内から山道を登ること30分。決してアクセスが良いとは言えない山奥でパン屋を開いたのは、ていねいな暮らしを追求した結果だった。

「美味しいパンがあって、そこでくつろげる空間があれば、山奥でもやれるという自信があった。ただ、それでも現実は厳しいので、パン屋+αのコンテンツをたくさん創るのが大切なアイディアで、今取り組んでいる最中です。カフェ、ゲストハウス、コミュニティイベントスペース、ライブスペース、ワーケーション、農、食、音楽、芸術、ワークショップなどです。『くつろぐこと』『ていねいに生きること』『楽しむこと』、そういうことを共有していければいいなぁと思っています」

moku moku noteのパンは「リーンな、ハードな、モクモクな、パン」。卵や乳製品、油脂を使用しない“リーン”な生地に、薪窯でしっかり焼き、旨味や水分を閉じ込めたハードなクラスト(皮)、自家製酵母を長時間低温発酵させ、小麦とライ麦は国産か有機を絶対条件とし、全粒粉やライ麦、石臼ひきを多く選び、フィリングス(具材)は有機を選び続けているという。

「『パンは焼きたてが一番美味しい』という既成概念があると思いますが、自家製酵母と質の良いライ麦や全粒粉小麦を使っている自家製酵母のパンは、焼いてからもずっと熟成を続けていくため、2〜3日経った後が一番美味しいです」

本来のていねいな発酵によって小麦たんぱくを分解し、旨みの折り重なる豊潤なパンに仕上げるという。

「材料にこだわり、ていねいに育てた、わが子どものような薪窯パンなので、フードロスゼロを絶対条件に、美味しく、長持ちするように作っています。ていねいなスローフード、食や農、教育を通して、『ていねいに、スローに生きる』ことを表現していきたい。単純で当たり前な心や身体が感じられる幸せや喜びを、山暮らしにおけるていねいな暮らしや薪窯パンというシンプルな存在で表現していきたいです」

取材を終えて

3人の移住者であり、つくり手に話を聞きながら見えてきたのは、移住して好きなことややりたいことに没頭する人々の心の豊かさだった。心の豊かさが、持続可能な社会を考える余裕を生み、自らにとっても社会にとってもより良い暮らしをおくるための一つの重要な要素なのかも知れない。「消費する側」から「つくる側」にシフトした彼らのエネルギーは底知れない。こうした人々のエネルギーが集まる徳島という町の魅力が際立って見えた。

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