諫干開門判決「無効」 請求異議訴訟差し戻し審 漁業者「ありえない」/営農者「判断は当然」

諫早湾干拓事業を巡る主な訴訟

 ◎漁業者「ありえない」/唇かみ「後継者残る海に」

 諫早湾干拓事業を巡る請求異議訴訟差し戻し審で福岡高裁が25日示した判断は、開門を命じた確定判決の無効化だった。漁業不振に苦しむ漁業者側は「ありえない」と怒りをあらわにし、主張が認められた国は「開門せずに問題解決を」と従来の考えを繰り返した。
 「強制執行は、これを許さない」-。主文を読み上げる裁判長の声が福岡高裁の法廷に響く。その瞬間、島原市有明町の開門確定判決原告、松本正明さん(70)が宙を仰いだ。
 1カ月前。昼下がりの同町湯江漁港に、イイダコ漁から戻ってきた松本さんの姿があった。約5キロ沖合に仕掛けていたはえ縄3本を朝から引き上げてきたが、水揚げはわずか約20キロ。「堤防閉め切り前と比べたら3分の1だ」。穏やかな春の日差しとは対照的に表情はさえない。
 祖父の代からの漁業に就いたのは15歳の春。豊漁の年で1千万円以上の水揚げがあった冬場のタイラギをはじめ、クチゾコ(シタビラメ)にタコ、カニ、養殖ノリ-。だが、恩恵をもたらした“宝の海”も、1997年の閉め切りを境にその様相を変えていった。
 3年前、相棒だった次男(43)は船を降りた。「こん水揚げじゃ、家族ば養っていかえん(いけない)」。そう言い残して。
 「息子には『しょんなか(仕方ない)ね』としか言えんかった。はがいかったね」。松本さんは寂しげな目で海を見詰めた。
 裁判の原告に名を連ねたのは20年前。間接強制金の受け取りを揶揄(やゆ)する声など心無い言葉も耳にした。それでも闘い続けるのは2002年の短期開門調査で海の回復の兆しを実感したから。「少し開けただけでカニもイイダコも水揚げがあった。(裁判を続けるのは)金の問題じゃない」。そして言葉をつないだ。「タイラギ漁の技術を持った人間がいなくなっている。今の状況なら、あと5年か10年したら、ここら辺の漁師は何人残るかな」
 58人いた確定判決原告も高齢化し、死亡などで45人に減った。「(まだ)最高裁もある。(開門を実現させて)後継者が残る有明海にしていきたい」。「非開門」判決に唇をかみながら、そう自らを奮い立たせた。

 ◎営農者「判断は当然」/話し合いで解決求める声も

 農林水産省農地資源課の北林英一郎課長は、諫早湾干拓事業の排水門開門を命じた確定判決を無効とした25日の福岡高裁判決を受け、オンラインで会見。「詳細な分析が必要」と前置きした上で「主張が認められたと理解している」と淡々と述べた。
 冒頭に金子原二郎農相の談話も発表。「2017年の大臣談話で示した『開門によらない基金による和解を目指すことが問題解決の最良の方策』であるとの考えに変わりはない」と改めて示した。北林課長は一般論として「(判決は)開門が事実上不可能な現状にかなう。非開門の方向性の例示の司法判断にも即して適切」と評価した。
 諫干造成農地に入植する営農者は冷静に受け止めた。
 平成諫早湾干拓土地改良区の元理事、池田進さん(74)=雲仙市愛野町=は「『開門なし』は揺るがないと信じている。高裁の判断は当然」。営農は長男に引き継いでおり、「(諫干問題に)これ以上煩わされず所得向上に専念させてほしい。国が責任を持って漁業者と話し合いを続け、漁業振興を進めるべき」と解決を望んだ。
 中央干拓地の約45ヘクタールで営農する松山ファーム=雲仙市愛野町=の社長で同改良区理事、松山哲治さん(47)は「従業員の生活を守るために営農を続けなければならない。まだ上告審が続くだろうが、開門しないという判断にひと安心」と話した。
 大石賢吾知事は「県は訴訟当事者ではない」と断った上で「国も関係者の皆さんも『開門しない』方針で真の有明海再生を一緒に目指していただきたい」と述べた。


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