国内の信頼度調査で常にトップのプーチン氏、侵攻後の支持率は? クレムリンの徹底したメディア戦略

3月18日、モスクワで開かれたクリミア半島編入8周年の集会に参加し、演説するプーチン大統領(ゲッティ=共同)

 ロシアが2月24日、ウクライナ侵攻を開始してから1カ月が過ぎた。一部報道では米国や英国の軍・情報機関の分析などから、侵攻は想定された計画より遅れ、ウクライナ軍の抵抗でロシア軍が各地で苦戦、「(ロシアにとって)ショックだった」(ペスコフ大統領報道官)とされる欧米、日本などの厳しい制裁で、ロシアは苦境に立ち、早期停戦どころかロシアの体制転換の可能性すら指摘されている。

 しかし、一部新興財閥が停戦を求めるなど体制の「大本営発表」に抗する発言があり、反政府デモも各地で行われているものの、総じてプーチン大統領への国民の支持は高い。現在行われている停戦交渉の行方は、プーチン氏の決断など属人的要素が大きく予測するのは困難だが、少なくともロシア側では現時点で、プーチン体制に大きなほころびは見えない状況だ。(共同通信=太田清)

 ▽ウクライナ侵攻でプーチン氏の信頼度は…

 政府系の全ロシア世論調査センターが毎週行っている政治家への信頼度調査は、特定の政治家について「信頼するか」「信頼しないか」を問うものだが、当然ながらプーチン氏はいつもトップ。「信頼する」と答えた人の割合は、ここ半年ずっと60%台だったのに対し、侵攻後の2月27日の結果では73%、3月6日は77・4%、13日には79・6%、20日は80・6%と右肩上がりに上昇。同様にミシュスチン首相も右肩上がりで、2月27日の55・6%から3月20日には62・6%に上がった。

 また、23日発表の調査結果では74%が「特別軍事作戦」を支持するとしており、支持しないはわずか17%だった。

 いずれも、戦争や紛争など緊急時に指導者や軍への支持が高まる「危機ばね」が働いたとの見方が強い。同センターは100%政府が出資する会社で、結果がある程度、政府寄りになることは考慮しなければならず、侵攻後は多くの人が政治的迫害を恐れ回答を拒否していると指摘されているものの、プーチン体制がなお、一定の支持を得ていることは確かだ。独立系調査機関レバダ・センターは侵攻前の2月17日までの調査結果として、プーチン氏の支持率が71%と2018年5月以来、最高になったと発表したが3月28日現在、最新の支持率は発表していない。

3月13日、モスクワ中心部で抗議行動を取り締まるロシアの治安要員(ゲッティ=共同)

 これを裏付けるように3月18日、モスクワのルジニキ競技場で開かれたクリミア半島編入8周年の集会には多くの芸能人、作家、北京五輪のメダリストらスポーツ選手とともに、プーチン氏も参加。クリミア編入後の「この8年間で多くのことが成し遂げられた」と主張するプーチン氏に対し、国旗を持った市民で埋め尽くされた会場は喝采を送った。警察発表では集会には20万人以上の支持者が集まった。歴史的に見てもチェチェン紛争やクリミア編入など「紛争」は短期間であれ、ロシア国民を結束させることが多い。

 ▽国営テレビがゼレンスキー氏を「麻薬常用」

 こうした高い支持の背景にあるのが、クレムリンのメディア戦略だ。要点は2点。一つは国営メディア、特にテレビを使っての徹底的なクレムリン、ロシア軍の主張の宣伝。もう一つは国内の独立系や外国メディアの締め付けだ。

 ロシアの多くの世帯が主要な情報源としている国営・政府系テレビのニュース・政治番組の主張は、日本や欧米のニュースに慣れた目から見れば、異なる世界であると言える。私たちがニュースで目にするウクライナ首都キエフの住宅街の爆撃や、南東部マリウポリで大規模避難所として使われていた劇場の空爆、担架で運ばれる負傷した妊婦の写真が世界に衝撃を与えた産科小児科病院の爆撃、欧州最大級の南部ザポロジエ原発への攻撃などは触れられることは少なく、たとえニュースで言及があったとしても「フェイク」か「ウクライナによる挑発的攻撃」「ウクライナ軍の拠点だった」などと説明される。

 戦闘に関する主要ニュースはたいてい、ウクライナ東部ドンバス地域のもので、ウクライナの「ネオナチ」が民間人を不当に攻撃しており、ロシア軍が応戦、撃退したという内容だ。ウクライナ軍や政府高官は「ネオナチ」と形容され、ロシア国営テレビはゼレンスキー・ウクライナ大統領については、専門家の話を引き合いに根拠なく「麻薬を常用している疑いがある」と批判した。

 3月16日の閣僚、地方の知事らとのオンライン会議でプーチン大統領はかつてない激しい口調で、ウクライナと欧米を批判、今後国内のさらなる締め付けを強化することを示唆した。主な主張は次の通りだが、テレビ局の報道内容は、こうしたプーチン氏の主張をまさに補強するものとなっている。

 ・ウクライナはロシアを標的に生物・核兵器など大量破壊兵器を入手しようとしていた。

 ・(8年間に及ぶ)ドンバス地域の紛争を、交渉を通じて平和裏に終結させようとしたが、全て無駄に終わり、軍事作戦以外に選択肢はなかった。

 ・西側諸国はウクライナを流血に向け扇動している。制裁はロシアの弱体化、自らに隷属させることを狙ったもので、ロシアは決して屈することはない。

 筆者の知人のあるロシア人は、「日本は8年間のドンバス地域の紛争に全く触れていない」「ウクライナ側の残虐行為もあったが、伝えないのはおかしい」「プーチン氏は理由があって行動している」などと主張しているが、愛国主義の強いロシア人の中では、こうした主張が受け入れられやすいのは否めない。

攻撃を受けた産科病院から負傷した妊婦を運ぶ人々。妊婦はその後亡くなり、子どもも助からなかった=3月9日、ウクライナ・マリウポリ(AP=共同)

 ▽「虚偽情報処罰法」が成立

 一方、独立系・外国メディアへの対応策として、ロシア議会はウクライナ侵攻後、軍事作戦について虚偽の情報を流した者に対し最高禁錮15年の刑を科する法案を可決、大統領の署名で成立した。ネットテレビ「ドシチ」は放送を休止し、ラジオ局「モスクワのこだま」は解散、編集長のムラトフ氏が昨年、ノーベル平和賞を受賞した新聞「ノーバヤ・ガゼータ」は休刊こそしなかったものの、「戦争」「侵攻」などのワードは禁句となり、軍事作戦に関する報道は大幅に制約された。3月25日には軍だけでなく、在外大使館や治安部隊「国家親衛隊」、緊急事態省などの情報も対象にする法律も成立した。

 「虚偽情報処罰法」では最近、当局が初めてフランスに住むロシア人の著名ブロガー、ベロニカ・ベロツェルコフスカヤさんの捜査を開始した。具体的にどういった行為が虚偽情報流布に当たり処罰の対象になるか明確ではなく一時、英BBC放送や米CNNテレビ、米紙ニューヨーク・タイムズなどが処罰を恐れ、ロシアから記者を撤退・活動停止させた。

 ロシアでも多くの人が使う会員制交流サイト(SNS)についても、フェイスブックやツイッターが遮断・制限され、ユーザーは通信規制を回避できる「VPN」(仮想私設網)を使って閲覧せざるを得なくなったほか、動画投稿サイト「ユーチューブ」についても制限が検討されている。

 ▽正教会もウクライナ侵攻を支持か

 侵攻支持の動きは宗教界にも広がりつつある。ロシア正教会は東方正教会のうち、最大の信者数を誇り、ロシアでは人口の8割近くが聖教徒だが、そのトップ、キリル総主教の発言が波紋を呼んだ。独立新聞(電子版)などによると、総主教は3月6日、信者に対し、ドンバス地域で正教会が強く反対するゲイパレードを行う動きがあったとして、侵攻を正当化したともとれる発言をした。また、同9日には「二つの民族の対立が始まったが、正確には一つの民族、ロシア民族だ」「大きな政治の動きがウクライナ民族を利用して、ロシア弱体化を図っている」と語った。

2016年5月、モスクワでの会合に出席したロシアのプーチン大統領(右)とロシア正教会のキリル総主教(タス=共同)

 「ロシアとウクライナは一つの民族」「欧米によるロシア弱体化の狙い」はかねて、プーチン大統領が主張してきたテーゼで、ここでもクレムリンの主張に沿った発言と受け取られている。

 キリル総主教に対しては、ウクライナの隣国ポーランドの正教会(国民の多くがカトリックだが正教徒もいる)が、戦争反対を強く主張すべきだと要求。ウクライナのほか、バルト諸国のエストニアやラトビアの正教会は侵攻を非難する立場を明確にしている。

 ロシア正教会とクレムリンは、伝統的家族制度など、その保守的な見解や立場を一にすることが多く、一昨年改正された憲法では、同性婚が事実上、禁止された。今回の総主教の発言は、宗教界においてすら、今回の侵攻を是認する風潮があることを浮かび上がらせている。

 ▽ソ連時代よりはるかに強い制裁への抵抗力

 ウクライナ侵攻に対して、西側諸国が科した経済制裁のうち、特に効果があるとされているのが銀行などを対象とした金融制裁。具体的には、国際決済ネットワークである「国際銀行間通信協会(SWIFT)」からロシアの一部銀行を排除したほか、ロシア中央銀行の資産凍結に踏み切り、通貨ルーブルは一時、40%近く暴落、ロシアの株式市場は取引停止に追い込まれた。ロイター通信によると、国際金融協会(IIF)はロシアの2022年の国内総生産(GDP)成長率予想を従来のプラス3%からマイナス15%へと引き下げた。ロシアの著名な経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏は制裁と国際的孤立による企業の収益悪化により、次の冬までにロシア経済は「死に至る」と予測した。

 しかし、こうした経済危機でもロシアが譲歩しない場合、石油天然ガス関連の歳入が国家予算の3分の1を占める同国経済に作戦継続を諦めさせるほどの、さらなる経済的苦痛を与えるには、石油・天然ガスとその関連商品の禁輸しかないというのが多くの専門家の見方だ。一方、現在のところ禁輸に踏み切る方針を発表した主要国は米国、英国、カナダと自国にエネルギー資源を持つ国に限られる。

 欧州連合(EU)欧州委員会は3月8日、ロシア産天然ガスの依存度を年内に6割低下させ、「2030年よりかなり前に」ゼロにする計画を発表したが、法的な拘束力のない努力目標にすぎず、パイプラインなどでロシアとつながり依存度の高いドイツなどが、どこまでロシア産に替わる供給源を見つけられるか疑問視する声も強い。

 1991年のソ連崩壊の要因として、85年から始まったサウジアラビアの大増産によるソ連の主要輸出品である原油の価格暴落(米国の要請に応じたものとロシアは主張している)に加え、アキレス腱と言われた穀物生産の低迷が経済の足を引っ張ったことが大きいとされている。

 一方、現在のロシアは2014年のクリミア併合後、通貨ルーブルの下落に加え制裁に対する対抗措置として米国、カナダなどの穀物輸入を制限したことで国内の穀物生産を急増させ現在は純輸出国になったこと、さらに昨今の原油価格の高騰により、当時のソ連と比べるとはるかに制裁に対する抵抗力は強いと言える。

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