アサリの産地偽装は20年以上前から続く「常識」だった 「正直者がばかを見る世界」

アサリの産地偽装問題発覚を受け、記者会見する熊本県の蒲島郁夫知事=2月1日午後、県庁

 「熊本産」として販売されていたアサリの大半が、外国産の疑いがある産地偽装疑惑が発覚した。熊本県は県産アサリの出荷を2月上旬から約2カ月停止し、国とともに流通経路の不正を洗い出す荒療治に踏み切った。「偽装は20年以上前から続いている」。漁業関係者は取材に証言した。ゆがんだ「常識」が黙認されてきた背景には、国産を求める消費者意識と漁獲量の急減に苦しむ水産関係者の窮状があった。(共同通信=窪田湧亮)

 ▽熊本産、漁獲量20トンなのに販売量は2千トン超

 農林水産省は2月1日に生鮮アサリの産地調査の結果を発表した。昨年10~12月末、全国のスーパーなど約千店を調査した。結果を基に推計すると、全国の販売数量は3138トンで、うち約8割の2485トンが熊本産。

対象時期が異なるが、20年の熊本県の漁獲量はわずか21トン。販売現場と漁獲統計に大きな隔たりがあった。

 国産として売られていたアサリを買い上げてDNAを分析すると、熊本産の97%が中国や韓国などの外国産の可能性が高いことも判明した。農水省の担当者は「おかしいと感じていた。日々監視する中で、大規模な不正を疑っていた」と話す。

 熊本県の蒲島郁夫知事は「生産者と消費者の関係を破壊する犯罪行為だ。強い怒りを覚えている」と厳しく批判。県は生鮮アサリの出荷を停止するよう県漁連に要請し、偽装情報の提供も集めている。

 ▽「長いところルール」で海外漁獲でも国産表示に

 熊本県は偽装の拡大には、食品表示のルールが影響しているとみる。食品表示法を解説するQ&Aには、複数箇所で成育された畜産物や水産物は最も成育期間が長い場所を原産地と表示するように定めた「長いところルール」というものがある。

 そのため海外で漁獲したアサリでも、日本で育てる期間の方が長くなれば国産と記載することに問題はない。業者は外国産のアサリを輸入後、鮮度を回復させたり、出荷時期を調整したりするため、一時的に国内の海に入れる「蓄養」をすることがある。

 だが国や県によると、アサリが出荷されるまでの期間は3年程度が必要。一方、国内の海で蓄養する期間は数週間~数カ月程度。それ以上長く蓄養場に貝を置くと、逆に貝の死滅が始まってしまう。蓄養期間が成育期間の半分以上になることはないという。

 蓄養期間が海外で飼育した期間よりも長くなるよう、業者が流通過程で書類を改ざんしていたとみられる。

 一方、外国から輸入されたアサリが熊本県をまったく経由しないまま書類が改ざんされ、熊本産として流通する手法も広がっている。県はアサリが輸入された港で流通経路が異なると分析。下関港で輸入されたアサリは熊本を経由せずに熊本産を名乗っているとみており、「下関ルート」の実態解明を国に求めている。

 ▽業界全体にはびこった「常識」

 「熊本県産と表示されているアサリのほとんどが偽装されていた。正直者がばかを見る世界だった」。かつて自身もアサリの産地偽装に関わった福岡県柳川市の水産加工会社の吉川昌秀代表は打ち明けた。

 吉川さんは「決して利益を増やそうとして偽装したのではない」と主張した。国産と表記した商品しか売れず、小売業者からは熊本産以外いらないと言われる。仮に外国産と表記したアサリを小売店が買ってくれても、消費者は手に取らない。偽装しないと、買い手がつかなくなった。

中国産としてスーパーで販売されたアサリ=2月2日、熊本市

 吉川さんは悪弊が続いた理由を「偽装が明らかになったときのリスクが小さいことも原因」と指摘した。昨年12月、佐賀県内の水産加工会社の偽装を農水省が発表したが、処分は是正や原因究明の指示のみ。行政指導にとどまる事例は他にも複数あり「社名を変えて再開できる」と話した。

 業界の「常識」を変えようと、偽装をやめた会社もあった。だが商売が成り立たず、廃業に追い込まれていったという。

 ▽収穫量激減、今や貴重な熊本産

 アサリの漁獲減少に苦しむ漁業者も偽装を見過ごしてきた。かつて熊本県はアサリの一大産地だった。1977年の県産アサリの漁獲量は6万5千トン以上で、全国の市場シェアは約40%に上った。だが2003年の漁獲量は7千トン弱と約10分の1に減り、21年はわずか35トンだった。県は減少の理由について、漁業者による乱獲や、地球温暖化によりアサリを主食とするナルトビエイが回遊するようになったことなどが影響しているとみている。

 漁獲量急減と反比例するように、00年代から産地偽装への指導が増えた。04年には九州農政局が、中国産アサリを熊本産と表示した鹿児島市の小売店に改善を指示。翌年には北朝鮮産が熊本産や有明産と表示されていたことも判明した。11年には、熊本県が熊本市内の仲買業者に改善を指示した。

 熊本県内のある漁協組合長は「数十年間、地元の蓄養業者に漁場を貸していた。アサリを短期間で出し入れするのは日常の風景だった」と語った。当初は偽装行為と思っていなかったが、05年ごろから産地偽装が一部で報道され始め、業者の行為も違反だと認識した。

 蓄養業者とはルール順守の誓約書を交わしていたが、偽装を指摘しなかった。「漁協に是正する権利はない。他人の商売に口を出す筋合いもない」と強弁。一方で「蓄養業者からの収入は、漁協の収入の大きな柱だった」と打ち明けた。場所代は漁協の収入の半分程度を占める。業者からの収入が激減すると赤字は避けられず、解散に至る可能性もあるという。

 ▽消費者裏切る業者が出ない制度を

 産地偽装は消費者の信頼を裏切る行為にほかならない。

 かつて偽装に手を染めた吉川さんは「二度と繰り返さない」と決意し、21年9月に二枚貝の産地偽装撲滅を目指す協議会を設立した。2月時点で福岡や熊本、愛知などの水産加工会社11社が加盟し、消費者庁や農水省とも協議を進めている。

 アサリの産地偽装の余波は、他の熊本産海産物にも広がる。熊本県漁連によると、ハマグリの買い手が付かなくなり、出荷量を半分以下に抑えているという。

稚貝を収穫し育てている熊本県宇土市の網田漁協を視察する蒲島郁夫知事(中央)。左は浜口多美雄組合長=2月16日午後

 熊本県は水産卸売業者らと、ブランド再建に向けた協議会を設置。QRコードを使って、アサリの水揚げから販売までの記録を残す独自のトレーサビリティー(生産流通履歴)や産地証明制度を導入することを決めた。国も長いところルールを厳格化する。国産と表示する場合、国内での育成期間を「1年半以上」と明確化し、業者に輸入時期を示す書類の保管も求める。

 偽装発覚直後に北海道産アサリの価格は急上昇した。外国産を避ける消費者が多いことを示す。「熊本産」の偽装がなくなったとしても、他地域のブランドが悪用される恐れもある。

 水産卸売業の天草フーズ(熊本県天草市)の渡辺孝男会長は「海外産と表記しては売れないのが問題の原因。だが多量の薬を使って育てた国産海産物もあり、検査基準も外国産に比べて緩い」と指摘した。

 消費者が安心して購入できるよう、生産流通履歴の「見える化」や、違反業者への厳しい取り締まりが行政には求められている。

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