入口ののれんをくぐった途端、目の前に広がる絶景に息を呑みました。
鞆湾や鞆の町並み、仙酔島を始めとする瀬戸内の島々が見渡せる、鞆の浦 景観茶房 セレーノ(以下、セレーノ)。
日常の喧騒(けんそう)を離れ、刻々とその姿を変えていく海や雲が織りなす美しい景色のなかに、身を委ねてみませんか。
鞆の浦の絶景が一番の自慢
なんといってもセレーノの一番の自慢は、鞆の浦を一望できる絶景です。
後山(うしろやま)の中腹に位置する、鞆で2番目に古いお寺である医王寺(いおうじ)へと登る途中の小径の奥に、セレーノがあります。
「セレーノ」とはイタリア語で「澄み切った」「のどかな」「落ち着いた」などの意味で、作家の塩野七生(しおの ななみ)さんのエッセイから名付けたそうです。
悠々とした鞆の浦を見渡せるこの場所にぴったりですね。
瀬戸内海の中心部に位置し、万葉の時代から「潮待ちの港」として栄えた鞆の浦の景色が眼前に広がります。
正面に見える大きな島は、「仙人が酔う程に美しい」といわれる仙酔島。
その手前には、かつて朝鮮通信使が眺望を賛して「日東第一形勝」の書を残した福禅寺(ふくぜんじ)の対潮楼(たいちょうろう)が、また右のほうには、いろは丸事件の談判で紀州藩が宿舎として利用した円福寺(えんぷくじ)が見えています。
瀬戸内海に浮かぶ大小さまざまな島がみせる風景の美しさは、鞆の浦を訪れる人々の心を魅了してやまないもののひとつです。
晴れた日には、遠くに四国山地も見えます。
このテラスから海を眺めていると、しだいに心が穏やかになってくるようです。
ランプやコンパス、鐘といった、船で使われていた道具がさり気なく置かれていて、なんだか船旅をしているような気分になってきました。
▼ペット連れのかたは、こちらのテラス席を利用できます。
大好きな家族と一緒に、鞆の絶景をどうぞ。
▼2階に上がると、また違った景色が目に飛び込んできます。
このテーブルで本とビールを手に過ごせたら幸せですねぇ。
▼2階のテラスからは、なにも遮るものがない鞆の景色が見渡せます。
地蔵院(じぞういん)、鞆城址、福禅寺、弁天堂、円福寺など、鞆の町並みが眼下に広がる贅沢(ぜいたく)をたっぷりと味わってください。
こだわりの珈琲と紅茶
2つめの自慢である、こだわり抜いて選んだ珈琲と紅茶を紹介しましょう。
全国の有名な喫茶店や焙煎士を訪ね歩いたことがあるという髙橋さんが、今 惚れ込んでいるのは、「焙煎工房 Segar-Beans」の新鮮な珈琲です。
鞆の浦の景色とともに、香り高い珈琲がゆったりとした時間を演出します。
珈琲(税込500円〜)は、グァテマラ、コロンビア、インドネシア、ブラジルの4種類の豆を用意。
豆の特徴に合わせて焙煎度合いを変えてあるのがわかるでしょうか。
注文を受けてから、ミルで豆を挽きます。
大きなコーヒーポットよりも急須のほうが手に馴染む、と髙橋さんはこのスタイルでていねいにドリップ。
お湯を含んでふくふくと中心が盛り上がるのは、豆が新鮮だからこそです。
店内に満ちていく、えもいわれぬ芳香。
髙橋さんがこだわるのは、ドリッパーから流れ落ちた珈琲が玉になってコロコロと表面を走るように抽出することです。
玉が走った珈琲をいただきました。
言葉の要らない旨さです。
本格的な紅茶(税込500円)も用意しています。
沖野上町にある紅茶専門店の「パディントン」の紅茶は、香りも味も華やかです。
アールグレイ、アッサム、ダージリン、季節のオリジナルブレンドの4種類から、好みのものをどうぞ。
ビールや日本酒などのアルコール類もありますよ。
取材時は特別にケーキなどを用意していただきましたが、実際の珈琲や紅茶には小さなお菓子が付くそうです。
心地よい音楽が流れる店内
店主の髙橋さんはかなりの音楽好きで、BGMにもたくさんのこだわりがあります。
真空管アンプと、DIATONE(ダイヤトーン)のスピーカーを通して流れる音楽の心地よいことといったら!
大きな吹き抜けは、音響のために選んだ構造です。
店内には電子ピアノも置かれています。
このピアノを使ったライブ演奏も計画しているとのこと。
素晴らしい音楽の流れる空間が、セレーノの3つめの自慢です。
セレーノにかける思いについて、店主の髙橋さんにお話を聞きました。
セレーノ 店主 髙橋 善信(たかはし よしのぶ)さんインタビュー
セレーノの店主、髙橋 善信さんと奥さまの信子(のぶこ)さんに詳しくお話を聞かせてもらいました。
たくさんのこだわりとたくさんのつながり
──セレーノにはこだわりがたっぷり詰まっていますね。この屏風も目を引きます。
髙橋(敬称略)──
これは神辺の歌人、鈴鹿 秀満(すずか ひでまろ)の江戸時代の書ですね。
神辺城下の神社にあったものだそうですが「セレーノに似合いそうだ」と知人から譲られました。
屏風は六曲一双(六面の屏風が2つで1セットになっていること)で、「春夏」と「秋冬」のものを季節で入れ替えています。
──この本棚の本も貴重なものでは?この間、美術館でこんな感じの本を見ました。
髙橋──
今はこんな装丁の本なんて珍しいでしょう?
うちにあったものですが、ここに来た人に好きなように読んでもらえたらいいなと思って置いています。
髙橋──
お客さんに楽しんでもらいたいので、いろいろな絵も掛けています。
これは焚場(たでば)の夜の景色を描いてもらったもの。
焚場というのは、潮が引いたときに船を補修する場所で、ここで木造の船の底をいぶしたり、木と木の隙間を埋めたりする作業をしていたんですよ。
焚場の写真も残っています。
髙橋──
これは福山の陶芸家、三島 博(みしま ひろし)さんの作品です。
鞆のためにと、鞆の土で焼いてくれたものもあります。
髙橋──
この小皿は、学校の先生をしながら画家としても活躍した、鞆出身の奥林 伍作(おくばやし ごさく)さんの作品で、弁天島に向かう小舟の絵が描かれています。
妻が中学生の頃に社会科を教えてくれた先生でもあるんですよ。
たくさんのかたとのつながりで、今のセレーノがあります。
鞆の浦の景色に心惹かれて
──髙橋さんは鞆の出身ですか。
髙橋──
僕は鞆の出ではないのだけれど、疲れたときに鞆に来ては、空海が建てた医王寺で海を眺めて気分転換をしていました。
とにかく、この鞆の景色というのは素晴らしい。
「出逢いの鞆」といって、瀬戸内海の潮流も鞆で出逢うし、ここで潮の流れが変わるのを待っている人々も出逢う。
都の文化や経済も、鞆にやってきました。
だから鞆には1,300年ほどの歴史があるんですよね。
20年ちょっと前のある日、医王寺から降りてきたときに、この土地が売りに出ているのを見つけて、神様からのプレゼントだと思いました。
すぐに手に入れて、疲れた人がゆっくりできるような場所にしようと、妻と一緒に設計から始めてセレーノを建てたんです。
オープンしたのは、2004年でした。
髙橋──
その頃、鞆の浦の埋め立て架橋計画が大きな問題となっていました。
鞆の浦の景色が素晴らしいのはもちろんですが、日本で近世の港湾施設5つがすべて現存している港は、鞆、ただひとつだけなのです。
鞆に残っている近世港湾施設
常夜燈(じょうやとう)…灯台
船番所(ふなばんしょ)…船の管理や税の徴収を行う役所
波止(はと)…防波堤
焚場(たでば)…船の修理のための陸揚げ場
雁木(がんぎ)…船着き場
「5点セット」を1つでも欠かすことなく、次の世代に遺したい。
埋め立て架橋に反対する住民運動を手伝うことになりました。
髙橋──
スタジオジブリのアニメーション映画、「崖の上のポニョ」が公開されたのが2008年です。
鞆の浦が有名になるきっかけの1つになりました。
そして2016年、裁判がようやく終わります。
「鞆の浦の歴史的景観は国民の財産」だと認められて、埋め立て架橋計画は中止。
鞆の素晴らしい景観と、貴重な文化財が残りました。
鞆を感じてほしいから
──ここにもしも橋がかけられていたら、まるで違う景色になっていたのですね。
髙橋──
文化財としての鞆の価値を産業道路で壊すわけにはいかないと、たくさんの人が力を尽くしました。
鞆の歴史や文化、自然に僕は癒やされている。
だからこそ、訪れた人に本来の姿を堪能してもらえる鞆にしたかったのです。
セレーノはミュージアムでもありたいと思っていて、それでいろいろな絵やモノを置いています。
これが何かわかりますか?
──ふいご(燃焼を促進する目的で使われる道具のこと)、ですか?
髙橋──
これはね、船の汽笛。
(空気を送ると、ファー―――!と大きな音が!)
後ろにある2つの船の模型は、昔の漁船と、モーター船です。
比べると面白いでしょ?
セレーノの入り口につけた、この丸みのある屋根みたいなのは、鞆の港に流れ着いていたものです。
僕が鞆に寄せる思いに、通じるものがあるような気がしています。
欄間(らんま)もアクセントに使っていますよ。
髙橋──
とにかく、ここでゆっくりと過ごしてもらいたい、鞆の魅力をただ感じてもらいたいと思っているんです。
日の出前には、この海がワインカラーに染まります。
仙酔島のほうへと雲が流れていくときや、沈んでいく太陽が海を照らすとき、雨上がりに虹がかかったときもいい。
ここにいると、人生で大きな得をしているような気がしますよ。
鞆の浦の美しさを堪能できる場所、セレーノ
高台から眺める島と海と鞆の町並み、そして高橋さんの楽しいお話に時間を忘れてしまう不思議な空間がセレーノです。
この景色に魅せられ、大阪や名古屋などから何度も訪れる人も多いのだとか。
セレーノで癒やされた心は、帰り道にはきっとふんわり軽くなっていることでしょう。