「社会全体の問題だと関心持って」京都・ウトロ放火、地区出身弁護士インタビュー ヘイトクライムは防げるか(後編)

放火事件の火災跡=2021年8月、京都府宇治市

 「韓国が嫌いだった」と被告が供述し、「憎悪犯罪(ヘイトクライム)」とされる昨年8月のウトロ放火事件。同地区出身の具良鈺弁護士(39)にヘイトクライムはなぜ起きるのか、防ぐにはどうすればいいのか聞いた。具さんは「民族的マイノリティーへの攻撃は、その他のマイノリティーに向かう恐れもある。社会全体の問題として関心を持ってほしい」と訴える。(共同通信=牧野直翔、川村敦)

 【前編】はこちら

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 ▽ウトロ放火事件は「最悪の到達点」

 ―ヘイトクライムとは何ですか。

 一般的には人種、宗教、民族、出身国、性的指向、障害の有無、性別などの個々人の特性を理由とする差別を動機とした犯罪と定義ができます。ヘイトクライムとヘイトスピーチを厳密に区分するのはアメリカ型です。ヨーロッパでは、たとえば人種などを理由とする差別行為について「人種差別、外国人排斥および関連する不寛容」と表現し、具体的な行為ごとにいかなる規制が妥当かどうか議論をします。

 私は人種的差別意識に基づくあらゆる行為を含めてヘイトと言っています。今回の事件は、明らかにヘイトです。

 ―今回の放火をどのように受け止めましたか。

 最悪の到達点に来てしまった、と思います。ヘイトクライムの問題は私の小さいころを含めてずっとありました。朝鮮学校の子どもたちへの暴言や暴力だったり、トイレの差別的な落書きだったり。

 

具良鈺弁護士

 (日本での在日へのヘイトクライムは)何十年、おそらく半世紀以上前からあります。ただそれが主に個々人による落書きやら暴言だったり暴力だったりしたものが、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の行為に象徴される組織的な脅迫、強要とさらに直接的かつ過激化していった。今回また、一段階上の攻撃になってしまった。

 ウトロ地区は在日コリアンの象徴であり、戦争のいろいろな爪痕の象徴です。その象徴的な場所を燃やすという、二重にメッセージを発する行為です。いよいよ日本もここまで来てしまったなと感じました。

 

【在特会と京都朝鮮学校襲撃事件】在特会のメンバーらは2009年、京都の朝鮮学校の周辺で「朝鮮学校を日本からたたき出せ」などと街宣した。学校側が京都府警に刑事告訴し、11年、威力業務妨害などの罪でメンバーら4人に有罪判決が出た。民事訴訟では大阪高裁が14年、一連の発言を「人種差別に当たる」と認定。在特会側に約1200万円の損害賠償と学校周辺での街宣禁止を命じた判決が確定している。

 

 ―今までのヘイトクライムとの大きな違いはどこにありますか。

 被告人本人が、差別意識を堂々と述べているところです。これまでは、(そういった発言は)恥ずかしくて表だって言えなかった。堂々と火を付けたと言っているところは危険だと感じます。

 ▽「日本が被害」とのねじ曲がった被害者意識

 ―ヘイトクライムは、なぜ起きてしまうのでしょうか。

 

炎を上げる住宅=2021年8月、京都府宇治市

 在特会もそうですが、ウトロの放火事件も、在日コリアンのことをよく知らないまま、ネット上に氾濫している情報をうのみにしてしいる。それで嫌悪と差別の感情をどんどん増幅させてしまっています。

 植民地支配に関する歴史認識に争いがある状況が続き、日本が植民地支配の歴史を克服できなかったことで、社会的な認識がきちんとした形で共有されていません。「日本が被害を受けている」とのねじ曲がった被害者意識がネット上で拡散され、ヘイト行動を正当化している背景があると思っています。

 それに加えて、日韓関係、国同士の関係がダイレクトに影響しているでしょう。歴史問題で国同士がぶつかっていることが、身近にいる在日コリアンに向かっている。「韓国むかつく」という国への嫌悪感が、人に向かう。ここが非常に根深いと思います。

 ▽権力側がヘイトを批判するメッセージを

 ―在日コリアンの当事者としては、どのように考えますか。

  ここで食い止めないと、ますます悪化して、在日コリアンだけでなくまた別のマイノリティー集団に対しても、何をしてもいいのだという社会的な雰囲気になる恐れがあります。

 「在日コリアンが狙われたから、在日コリアンの問題だ」と思う人が多いです。そうではなく差別は、差別する側の問題です。差別を受ける側の問題と考えることは、日本人の中でも障害者や性的マイノリティーといった少数派の立場の人が脅かされる危険にもつながります。

 ヘイトクライムが生む危険性の一つは、「社会の分断」です。民族的少数者でなくても、個々人がいろいろなマイノリティー的側面の要素を持っている可能性があります。たとえば左利きも身近なマイノリティーです。交通事故に遭うこともあれば、高齢になって寝たきりになることもあります。

 人生の長いスパンで見れば、誰もがマイノリティーになる可能性を秘めているわけです。誰もが持ちうる要素で人々が攻撃されることで分断されてしまう。安心して住みにくい社会になります。

 

ウトロ地区の放火事件で、消火作業に当たる消防関係者=2021年8月、京都府宇治市

 そうなると、これはマイノリティーの問題ではなく、日本社会全体の問題です。「マイノリティーが住みよい社会は、多数派にとっても住みよい」という海外の言葉があります。

 ―どういった対策が考えられますか。

 一つには、社会問題として広く認知され、日本社会の人々が「自分にも起こり得る問題なんだ」と認識し、関心を持つことです。

 さらに重要なのは、権力側がヘイトクライムを批判するメッセージを発することだと思います。アメリカやヨーロッパでは、事件が起こるとすぐに州知事も市長も大統領も非難声明を出すんです。それが日本にはない。ヘイトは許されないことを共有するためには、権力側からも市民社会側からも発信していかないと難しい。

 ▽まずは被害実態の把握を

 ―日本には2016年にヘイトスピーチ解消法が成立しましたが、より踏み込んだ法制度は必要でしょうか。

 もちろんゆくゆくはヘイトクライム、ヘイトスピーチに対処する実効的な法制度や包括的な差別禁止法が必要ですが、急務なのは、置き去りだった被害者の被害実態を明らかにして、社会の問題として共有することです。権力側は事件が起こったらその都度、非難声明を出すことが求められます。

 日本の現状は、どういう被害があったのかが埋もれていて分からない状況です。どこかの外国の法制度を引っ張ってくるよりも、まずは被害実態と事実を把握し、社会でそれを共有した上で、日本に合った形で制度を考えるべきです。

ウトロに住んでいた在日コリアン1世の女性(右、故人)と写真に納まる具良鈺弁護士。看板には「ウトロに生き、ウトロで死にたい」とある。放火事件で焼失した=京都府宇治市

 ―埋もれていった事例とは何でしょうか。

 侮辱、壁の落書きでの器物損壊など、捜査され、起訴されなくてはいけなかったものです。本当は、ヘイトクライムなんて概念を持ち出さなくても、刑法違反です。現行刑法でも適切に適用していけば対処できたケースがたくさんあるのに、見逃されてきました。この状況に目を向けないまま法制度をつくっても、ちゃんと運用されないのではないかとの疑念が残ります。

 警察や検察は刑法上軽い犯罪であっても、「差別は許されない」というフィルターをちゃんと持ってほしいです。

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 具良鈺(ク・リャンオク)氏 

 1982年生まれ。大阪弁護士会所属の弁護士。中学2年まで家族とウトロ地区で暮らした。米英に留学し、ヘイト問題や国際人権法を学んだ経験もある。現在は韓国・ソウルの大学院で日本のヘイト問題を研究している。

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