ゴールドウイン、微生物の発酵から生まれたタンパク質素材のデニムを発表 スパイバーと共同開発

スポーツウェアなどを展開するゴールドウインはこのほど、微生物の発酵のプロセスから生み出される「構造タンパク質」を素材に用いたデニムやフリースなどを発表した。人工的にクモ糸を再現する技術開発で知られるバイオベンチャー、Spiber(スパイバー、山形・鶴岡市)と2015年から共同開発を行い、製品化した。化石資源や動物由来の原料を使用しない、アパレル業界の“第3の素材”として注目される。2社の社長は「従来の化学繊維、合成繊維ではつくれない新しい考え方の繊維だ」(ゴールドウイン・渡辺貴生社長)、「例えばコットンを分解すればそのまま微生物の栄養源になる。(循環型社会に向けて)タンパク質の役割は大きい」(スパイバー・関山和秀社長)と述べ、現在、廃棄されている製品を再び原料に戻して新しい衣服を再生する仕組みづくりも視野に入れながら事業を進めていることを強調した。(廣末智子)

微生物がつくるタンパク質から繊維を精製

構造タンパク質素材「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン)」を素材の多くに使用する、人と自然がともにある未来を構想する「Goldwin 0 (ゴールドウイン・ゼロ) 」プロジェクト。構造タンパク質とは、タンパク質のうち、人間の毛髪や皮膚といった細胞やクモの糸のように、構造的な役割を果たすものを指す。「ブリュード・プロテイン」とはタンパク質を醸造する、というような意味合いで、植物由来の糖類を栄養源とする微生物を培養し、その微生物がつくるタンパク質のみを抽出。ゴールドウインは、そこから精製した繊維を加工・デザインした衣服をラインナップに加え、新中期経営計画「PLAY EARTH 2030」に沿った先進的且つ実験的な事業としてプロジェクトを推進する。

同社はこのほど新事業の発表会を開き、渡辺社長が「最先端のテクノロジーに、人間が持っている本質的なテクノロジーを組み合わせたものがブリュード・プロテイン」であり、「植物由来のタンパク質をつくり、循環させていく。人種や国境、言葉やジェンダーの壁を超え、機能やファッションという領域を全て包含するようなコレクションに育てたい」と説明。

今後の事業展開について「今まで小さな動物の毛皮を使って製品をつくってきたことは事実」とした上で「もはやそういう時代ではない。ファーはそもそもタンパク質であり、スポーツアパレルからラグジュアリーまで幅広く使える」として、エシカルな価値観に基づく意味からも、幅広い素材をブリュード・プロテインに置き換える方針を示した。

生物の進化をつかさどるタンパク質 環境負荷も低減

ゴールドウイン渡辺社長とスパイバー関山社長

発表にはスパイバーの関山社長も同席し、慶應義塾大学在学中から約20年間続ける研究開発の視点を「生物はタンパク質を基幹材料として獲得したことで初めて進化できるようになった。進化は生物にとって非常にイノベイティブな機能であり、その進化をつかさどっているのがタンパク質だ。生態系や地球は循環を前提に設計されており、人間が産業的にタンパク質を使いこなせるようになればさまざまなものが一つのプラットフォームで循環できる」と話した。

両社は2015年から、ゴールドウインがスパイバーに投資する形で素材開発を行ってきた。当初、天然のクモ糸を再現した初代のプロトタイプが防水性の観点から再設計を余儀なくされるなど改良を重ね、2019年にはブリュード・プロテインを使った最初の製品であるTシャツを発売。同年のジャケット、2020年のセーターに続き、今回のフリースやデニムなどが4弾目の製品化となる。

この間、スパイバーが2021年にタイに建設したプラントが試運転を始め、米国でも早くて23年中には生産を開始する計画であることなどから、それらの製品の量産に向けたフェーズへと移行段階にあるという。

ブリュード・プロテインの環境負荷低減への貢献度について聞かれた関山社長は、現状ではコットン製品が年間2500万トン、ポリエステル製品は5000万〜6000万トン生産されているのに対し、ウール製品は110万トン〜120万トンの規模でしかないが、「反芻動物であるヤギや羊の毛からつくられるウールやカシミアが地球温暖化に与えるインパクトはすごく大きい」とする認識を示した。その上で、例えばカシミアをブリュード・プロテインに置き換えることで、温室効果ガスの排出量や生産時に使う水の量も数分の1に減らせるなどと説明した。

コットンなどの廃棄物をまた新しい材料へ

ブリュード・プロテイン素材 (Spiber Inc.)

さらにブリュード・プロテインには、タンパク質が本来持つ分解性を生かした役割が期待される。例えば上記のコットンはセルロースでできており、分解すればブドウ糖になることから、「そのまま微生物の栄養源になる」(関山社長)。現段階でブリュード・プロテインをつくりだす微生物には植物由来の糖分を与えているが、長期的には廃棄されたコットン製品など「今は廃棄物としてしか見られないものを社会の中にストックし、また新しい材料として使えるような仕組みをつくり上げる」(同)ことで、世界は循環型の社会へと大きく変わるという。

もっとも時間軸として関山社長は「2030年までに最初の商業規模のインフラをつくり、そこから2050年にかけて徐々に普及させていきたい。地球規模でいちばん効率のいいエコシステムを実現させるため、今はまだ本当に第一歩のところにいる」と長期視点に立った事業であることを強調。

渡辺社長も「今ではたくさんの人たちが彼らの研究開発を支えている。そういった人が増えれば増えるほど早くにこういうビジネスは実現するだろうし、世の中に貢献できるタイミングが早まると思っている。それを独占する考え方は全くない」と述べ、オープンイノベーションとしてプロジェクトを進める考えを示した。

両社長によると、アパレル産業においてはコットンや動物由来の繊維などのバイオ素材と、ポリエステルやナイロンなど化学繊維の素材の、2つの循環経路を確立することが求められる。後者についてはすでに化学メーカーなどが実用化に取り組んでいるが、前者の技術開発はスパイバーが世界の競合をリードするポジションにある。

衣服が循環する世界について、渡辺社長は「(そうなれば)森林を伐採して広大な農場をつくるといったことも必要なくなる。生物多様性を回復し、自然環境そのものを戻していくことにも資する」とその意義を、関山社長は「今の子どもたちが大人になった30年〜40年後には、昔は服とか捨てていたらしいよ、という時代に絶対なっている。ピースは揃ったのであとはやるだけだ」と展望を語った。

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