判定ミスは「謝る」。ドライバー特有の“思い込み”には映像が効く【スーパーGTレース管制の真実(3)】

 2クラスが混走し、激しい争いが繰り広げられるスーパーGT。ホイール・トゥ・ホイール、バンパー・トゥ・バンパーのバトルは観客にとって魅力的だが、その“副作用”として車両同士の接触や、予期せぬクラッシュ・トラブルなどもしばしば起こる。

 そんな”難しいレース”をコントロールしているのが、レースコントロール室(管制室)だ。その内部では、いったいどんな作業が行われているのか。スーパーGTでレースディレクター(以下、RD)を務める服部尚貴氏に、スーパーGTのレースコントロール術、そして知られざる管制室の“真実”を聞いた。

 連載第1回ではレースコントロール室内の組織を解説し、第2回ではペナルティが発出されるまでのフローや、セーフティカー(SC)・フルコースイエロー(FCY)でレースを中断するシチュエーションについて触れた。

 最終回となる今回は、円滑にレース運営を進めるために服部RDが行っている、管制室“外”での仕事内容に迫る。

■自らの『ドライバー目線』も反映

 RDの仕事はセッション中にコントロール室でタクトを振うことだけではない。その仕事は、走行前日の金曜日から始まっているという。

「まずはコースインスペクション、つまりスーパーGTをやるだけのものがコースにそろっているか、を確認します。もちろん、安全面の責任者(セーフティ・デリゲート)もいるのですが、自分が見るのはジャッジライン(ポスト横に引かれる白線)の設置状況、バリアの設置場所、消火器が定位置に置かれているか、その有効期限が切れてないかとか……。ランオフエリアの芝生も、伸びすぎていたら(コースアウト車両が)止まらない」と、服部氏のチェックする項目は安全面を中心に、細部に及ぶ。

「あとは自分も現役で走っているので、『ドライバーからは、このポストは目を移しにくい』とか、『ここはアドバンテージになってしまうから、絶対に四輪脱輪(走路外走行)は厳しく監視しなくてはいけない』といったことも確認します。自分がレースをやっているときも、“ドライバーではない、運営側の服部尚貴”が一緒に走っているもので(笑)、そういったことをフィードバックしてきます」

 たとえば2021年のオートポリス戦。このレースでは、エンジン交換によるペナルティストップが複数件生じることが、イベント前から決まっていた。

 インスペクションの際、服部RDが指摘したのは、まずはピットのペナルティストップエリアの位置だった。当初はピットロード入口すぐのところに置かれていたが、そこには常設の定盤が敷かれており、スリップの危険性があるためピットロード出口へとストップボックスの位置を変更することになった。

 さらに10秒をカウントダウンするタイマーの位置も、服部氏の指摘により変更になった。

「最初はAピラーに被る位置にあったのですが、いまのドライバーは(シート、HANSなどで)頭が動かせないので、なるべく前の方に置いてください、と。一見、一番見やすそうな位置が、ちょうどAピラーに被る。そういったことを含めて、ドライバー目線でもインスペクションをしています」

 金曜日には、競技長とともにドライバーズ・ブリーフィングにも出席して、その週末の注意点や、前回のレースからの課題などを説明する。

 コロナ禍以降、オンライン(映像)形式で実施されているが、対面で行われていた頃には、ドライバー側から前回大会でのジャッジ等について、ときに“激しい主張”がされることもあった。

 これらブリーフィングに限らず、サーキット内を歩く服部RDには、そもそもドライバー、チーム関係者から多くの声がかかる。毅然と説明する必要がある際にはそうしつつも、「あまりガーっと言うのではなく、ガス抜きしてあげられれば、というのもある」と、服部氏はコミュニケーションもRDの仕事として重要視している。

■間違いは「次に向けて改善していく」ことが肝要

 RDとして膨大な量の判定を下していくなかでは、間違いをゼロにすることはできない。たとえば昨年、こんなことがあった。

 あるレースでFCYが導入される際、カウントダウン中にA車(GT500)にB車(GT500)が追突した。B車に追突されたA車は大きく破損し、何周かをロスする形となった。

 このときA車の前方には複数のGT300車両が減速して“渋滞”が発生し始めている状態であり、レースコントロールは『前方から順次減速があったため、避けられない接触だった』としてB車の追突をインシデント扱いしなかった。

「ただ、後になってよく考えたら、そもそも(カウントダウン含む)FCY中はイエローの状態なわけで、競技中の危険回避とは異なる。黄旗中の接触でもあるし、『自分の方が間違いかもしれない』と思って、そこは今シーズンからは(基準を)変えました」

 A車のドライバーとも話し合いを持ち、「あの時はあの時の判断基準で考えていた、申し訳なかった、という話をして。今後はこういう基準でいくから、と。決して自分を正当化する気はなくて、間違いだと思ったら謝るし、そういう部分でもドライバーとの信頼関係は必要だと思う。そうやって次に向けて、改善していくことが大事だと思っています」

 また、最近多いのはチーム/ドライバー側が、「映像を見せてくれ」と服部RDのもとを訪れること。服部氏がレースコントロールに携わる以前は、判定の根拠となった映像を当事者側に開示することは少なかったというが、「いまはもう全部見てもらって、見ながら説明した方が納得するから」と、映像を見せているという。

 これには、ドライバーとしての自身の経験によるところが大きい、と服部氏は言う。

「ドライバーって、嘘をつきたいわけでも、自分を正当化したいわけでもなく、単に思い込みというか、刷り込まれていることも多い。乗っている方としては、それが起きるのは1回だけだから。自分も『四脱(四輪脱輪)なんて、絶対してない!』って思っていても、映像を見たら『え〜、こんなにしてるの?』なんてことが、しょっちゅう(笑)。だからそこは、映像を見てもらうのが一番だと思う」

 あるとき、GT300への幅寄せで黒白旗を提示されたGT500ドライバーが鼻息荒く服部氏のもとを訪れたが、映像を見せて説明するとおとなしく帰っていったという。後になってそのドライバーは、服部氏にこう打ち明けたそうだ。

「あの映像を見るまでは、自分があんなに(GT300に)寄って行っているなんて思いもしませんでした。自分が信じられないというか、恥ずかしいです」

■DTMに見たコミュニケーションの“理想形”

 レース中は常に多くの検証・判断に追われ、その作業はときにチェッカー後も続いている。「え、あのドライバーが勝ったの?」と気付くのは、レース後しばらく経ってからのこと。そしてレースから数日が経ち、「振り返ってみても、すべての判断に間違いはなかったな」と感じるとき、服部RDは「あぁ、仕事が終わったな」と思えるという。

 レースをコントロールする立場から、スーパーGT参戦ドライバーに望むことを訊ねると「もうちょっとフェアにやってほしいかな」と服部氏。

「GT500同士、GT300同士は結構フェアに頑張ってくれていると思う。すべてが、とは言えないけどね。それにプラスして、クラス違いについても、もうちょっとお互い気を遣えるようになってくれれば、と思います」

「もちろん、(GT500とGT300の)性能が近づいているというか、GT500からしてみれば抜きづらいGT300だし、(ABSが装着されている)GT300からしてみればブレーキでGT500が邪魔になるかもしれない。そこはある程度考慮して判定しないといけないとは思っていますけど、GT500が抜こうとしているのにすごいブロックをするGT300がいたりとか、逆に入れない距離なのに無理やり行こうとするGT500がいたりとか。『当たらなかったから良かったけど……』というシチュエーションは結構あるので、そこをもうちょっとフェアにやってほしいとは思います」

 また、FCY導入は昨今の大きなトピックだが、服部氏は運営側としてさらに発展・改善させていきたい部分もあるという。それは2019年、DTM最終戦にGT500の3台がゲスト参加した際に現場で目の当たりにした、コミュニケーションの部分だ。

「あのときはすごい雨が降っていたのですが、レースをスタートさせるかどうかを、RDからPPのクルマのドライバーに、直接無線で訊いていたんですよ。『コンディションどう? スタートできる?』って。ドライバーからも『うん、これならいけると思うよ』って返事が返って来て。そんな相互通話ができれば、ああいうコンディションのときは本当に助かると思う」

「もちろんそれはタイヤがワンメイクでみんな同じ条件だから、というのが前提にはあるんですけど、そういう情報が入ってくるシステムがあれば、お互いすごく楽になると思う。ドライバーも、ものすごい危険な状況のなかを走らなくてもよくなるので」

 現状、スーパーGTではRDから全チームのピットに向けた“RD無線”はあるが、コクピット内のドライバーとレースコントロールが直接結ばれるコミュニケーション・ツールはない。FCYのカウントダウンも、チームからの無線を介してドライバーには伝えられている状況だ。

「まぁ普段から(ドライバーに)どんどん喋られたら、こっちも困っちゃうんだけどね(笑)。『いま当たったんだけど!』っていうのばかりになってしまうから。こちらが聞いたことに対して、返ってくるスイッチがあれば嬉しい(苦笑)」

 高度化するレースに合わせ、それをコントロールする立場の難しさも増している。デジタルフラッグ、FCYなどの環境整備は進めど、結局それを運用するのは“人間”であるレースディレークターだ。ちなみに2021年F1最終戦の件についての感想を求めると、「タイトルが決まる局面で『SCでそのまま終わらすのはちょっと……』と考えてしまったのかな、とは思いますが、残り周回数に関係なく、決められたルールどおりにやるべきだったのではないかと思います。赤旗? 赤旗はああいう場面で出すためのものではありません」と服部氏。

 一環した基準とコミュニケーションを核に、この先もより良いレース運営がされていくことを望みたい。

スーパーGTでレースディレクターを務める服部尚貴氏。ドライビング・スタンダード・オブザーバーも兼務する。

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