統合失調症を患ったハタチの女性がVチューバーになった理由 苦しむ患者に「居場所」を、クラウドファンディング開始

「もりのこどくちゃんねる」の動画の場面

 動画サイト「YouTube」に登場したのは、グリーンの洋服姿の美少女キャラクター。明るい声で、統合失調症患者の日常を語っている。発信しているのは20歳の女性「もりのこどく」さんだ。CGアニメのキャラクターとして動画に出演するユーチューバーは「Vチューバー」と呼ばれる。もりのこどくさんもその1人。16歳で患者になった彼女が話す内容は実体験だ。統合失調症に対する世の中の誤解や偏見を変え、孤独や絶望感を抱える同じ患者とつながろうと、発信を続けている。(共同通信=斉藤友彦)

 ▽活発だった女子高校生の生活が一変

 統合失調症は、厚生労働省のサイトの説明を読むと「よくある病気」に過ぎない。100人に1人弱の割合でかかり、患者数は日本に推定80万人。原因は分かっていないが、誰でもなる可能性がある。若い世代での発症が目立ち、多くは適切な治療で回復する。考えがまとまりづらくなってしまう脳の病気だが、症状の中に幻覚や妄想もあるせいか、偏見をもたれがちだ。

 彼女も学校生活を楽しむ活発な女子高校生だったが、発症後は日常生活すら困難になった。

 症状が一番重いときは頭に霧がかかったようになり、何も考えられなかった。テレビも理解できず、家族や自分の顔さえ分からなくなった。「死ね」という幻聴が聞こえ続け、フォークやはしを持てば口に突き刺そうとし、外に出れば道路に飛び出そうとした。「隙あらば死のうとしていた」。さらに、じっとしていられずに室内でもうろうろ歩き回り、手や足をずっと壁にぶつけ続けたため、赤く腫れ上がった。 

 

 こうした状況は自分ではほとんど覚えておらず、後になって家族から聞いた話という。もりのこどくさん自身は「ホラーゲームの中に24時間ずっといるみたいで、何もかもが怖かった」と振り返る。 

 最初は、自分も家族も何の病気か分からなかった。「頑張りすぎて疲れたのだろう」と思っていたという。なかなかよくならず、心療内科を受診したところ、「うつ病」と診断された。幻覚が出るようになって初めて、医師から「統合失調症かもしれない」と言われたという。

 ▽80万人もいるのに患者は孤独。偏見で「ひた隠し」に

 統合失調症と診断されて入院し、投薬治療と無理のない生活によって次第に落ち着いていった。しかし、受験勉強を始めたためか再発。その後は無理のない生活と投薬治療を続けたことで、再びゆっくり回復していっている。

 痛感したのは、患者や家族にとって必要な情報が乏しいことだ。病気に関すること以外にも、例えば日常生活で家族はどんなことに気をつければいいのか。病気とどう折り合いを付ければ過ごしやすくなるのか。

 情報が少ない一因とみられるのが、根強い偏見だ。実際は多くの患者がいるにもかかわらず、家族も含めて知られることを恐れ、ひた隠しにするケースが多いとみられる。つながりが生まれず、情報の共有もできない。

 そこで、症状が改善したもりのこどくさんは、病気に関するさまざまな情報の発信を始めた。

 動画の内容は多彩だ。病気の説明のほか薬の副作用、患者でも通える特別な歯医者に行ったこと、新型コロナウイルスのワクチンを受けたこと、いい精神科医の条件―。

 動画の冒頭では、必ず「やっほー、今日も生きててえらい!」と呼び掛け、最後に「生きててくれてありがとう、またね!」と締めくくる。視聴してくれる患者と自分の両方に向けた励ましだ。症状がひどかったとき、言われたかった言葉が「生きててえらい」で、言われてうれしかった言葉が「生きててくれてありがとう」だった。死と隣り合わせの病であることを誰よりも分かっているからこそ、患者目線に立った情報発信ができる。

 ▽症状が重くても、Vチューバーの動画は見ることができた

 発信手段としてVチューバーを選んだのは、症状が重かったときでも、Vチューバーの動画を見ているときだけは「死ね」と脅す声が聞こえなくなったから。テレビを理解できず、文字を読めなくても、明るいキャラクターが単純な会話をする短時間の動画なら見ることができた。

 自分がVチューバーになれば、統合失調症の患者や家族に情報を届けられ、病名を誰にも明かせない孤独感も和らぐのでは、と考えた。

 ▽統合失調症患者の居場所をバーチャル空間につくりたい

 今でも妄想があって、家族の付き添いなしの外出は困難だ。同じように、家に閉じこもりがちの統合失調症患者は少なくないはず。今後も情報発信はできても、双方向の交流は難しい。

もりのこどくさんが作成を願うメタバース「もりのへや」のイメージ図

 そこで考えたのが「メタバース」を使うこと。インターネット上に構築される仮想空間で、自身の分身となる「アバター」で参加し、話をしたり遊んだりできる。「部屋から外に出ず、顔も出さず、匿名で交流できる。外出できなかったり、病名を明かせなかったりすることもある統合失調症にはぴったり。バーチャル空間には『没入感』があり、実際にその場所にいるような感覚が得られる。同じ空間で過ごし、孤独じゃないと安心できる居場所をつくりたい」

 患者にとっては、バーチャルであっても「外出し、人と話す」経験は、社会参加という点で達成感や満足感が得られ、大きな一歩になるはずだ。

 スマートフォンひとつで誰もが参加できる空間にしたいが、問題は費用が高いこと。そのためクラウドファンディングを始めた。プラットフォーム提供企業に委託し、メタバースに新しい空間をつくる制作費用は250万円。4月15日まで募っている。

 ※クラウドファンディングはこちらから

 https://readyfor.jp/projects/morinokodoku

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