第八十三回「泉谷しげるの『果てしなき欲望』がわたしにとって大変重要な理由」

前回の音楽番外地では『ゲゲゲの鬼太郎』のテーマソングを泉谷しげるが唄っているということを書きました。 泉谷しげるといえば、テレビで役者をやったり、バラエティ番組に出て、暴れまわったり、言いたい放題をやっている感じなので、その言動だけしか見ていない人には想像し難いと思いますが、あの方、本当は、素晴らしい歌手であり、とんでもない詩人なのです。 有名なところでいえば、「春夏秋冬」という曲がありますが、この歌詞を、じっくり追ってみれば、「ああ、こりゃとんでもねえ詩人だ」というのは一目瞭然です。 わたしは、泉谷しげるのアルバムでは、『光石の巨人』というのものが好きなのですが、このアルバムには、くるったようなヘンテコな曲がたくさんあります。 「テスト・ドライバー」という曲は、いったいどういう意味があるのかさっぱりわかりません。なんかいろいろとヤバイ感じの意味合いがあるようでもありますが、とにかく格好いいのです。 「決定!ホンキー・ふりかけ・トンク」という曲も題名からしてイカレていますが、はちゃめちゃで楽しい。 最後の「土曜の夜君と帰る」は、とんでもなくセンチメンタルな気分に誘ってくれ、知らずに涙を流してしまいそうになります。 ずいぶん昔、『現代詩手帳』で、町田町蔵(現在は町田康)の特集をやっていたとき、泉谷さんが、町田さんの対談相手をしていたのですが、これが、とんでもなく面白かったのを覚えています。そしてわたしは、この二人、やはり、とんでもない詩人だなと憧れたのでした。 そんなこんなで、わたしは「泉谷しげるの曲で何が一番好きか、何を一番聴いてきたか?」と問われれば、もちろん『光石の巨人』のアルバムも良いのですが、『スカーピープル』というアルバムに入っている、「果てしなき欲望」という曲なのです。このアルバムは忌野清志郎も参加してコーラスしています。たしかプロデュースとかもやっていたのでは? とにかく、とんでもない名曲です。実はわたし20歳のころ、広島の占い師に、「あんたは33歳で死ぬかもしれない」と言われたことがあります。大変ショックでしたが、結局死ななかったわけですが、そのとき、「ああ、おれの通夜にはこの曲を掛けて欲しい」と思ったくらいです。 別に人が死んだときの歌ではありません。逆に、「やっちまわなけりゃ!」とか「やってやるぞ!」といった気にさせてくれる、わたしの中では応援ソングでもあるわけです。 今回、久しぶりに聴いたら、やはり「今のままじゃヤベエぞ、とにかくやらなくちゃ!」と思えてきました。33歳で死ななかったので、まだまだ生きていく所存ですが、この曲がわたしにとって大変重要なのだと、あらためて気づきました。

【戌井昭人(いぬいあきと)プロフィール】1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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