「生徒の3分の2が理系」という女子校が崩す、親世代の“思い込み” 男子ばかりの理系、背景にあるジェンダーバイアス

豊島岡女子学園高校では、授業を通じ「大学で何を学びたいか」を生徒自身で深めてもらう(同校提供)

 大学の理工学部系に占める女子学生の割合は28%、工学部系では17%。文部科学省が昨年度に行った調査の結果だ。大学側は理工系学部に女子学生があまりに少ない現状を憂えている。研究開発の遅れや、日本の国際競争力の低下が懸念されるためだ。

 なぜこんなに少ないのか。要因を探るため、共同通信は理工系分野での女子学生の育成に力を入れる全国約50の大学にアンケートした。その結果、76%が親や教員らによる性別に基づく思い込み「ジェンダーバイアス」が影響していると答えた。

 親は子どもに、こんな言葉をかけていないだろうか。「女子は理系科目が苦手」「理系は男子ばかり」「卒業しても女性の仕事はない」―親心のつもりの助言が、子どもの進路選択を狭めている実態が浮かぶ。

 京都大は「多様で柔軟な社会への転換が必要だ」と指摘していう。女子が性別に基づく思い込みに影響されることなく、自分の意思で理工系学部に進む人を増やすにはどうしたら良いのか。(共同通信=城和佳子、米良治子、宮川さおり)

 ▽三つの課題

 アンケートは今年1~2月に実施した。対象は、2006~21年度に文部科学省または科学技術振興機構による女子中高生の理系への進路選択を支援する事業に採択された52大学。このうち、46大学から回答を得た。

 

 理工系学部の女子学生の比率について、ジェンダーバイアスが影響しているかどうか尋ねると、「大いにある」または「少しある」と答えた大学は計76%に上った。対して「あまりない」との回答は2%、「まったくない」はゼロだった。22%は「分からない」とした。

 女子学生を増やす方策を複数回答で聞いたところ、「女性の働きやすさ整備とロールモデル(手本)の育成」(85%)、「学校教育や家庭でのジェンダーバイアス解消」(74%)、「職業選択について幅広い情報提供やキャリア支援」(70%)の3点に回答が集中した。

 

アンケートに設けた自由記述では、大学進学以前の環境にジェンダーバイアスがあるとの回答が目立つ。例えば「保護者や高校までの教員が『女の子だから』と勧めない」「理学部に進学したら就職先は中学・高校の教員しかないと考えている保護者が多い」と指摘された。

 教育現場のジェンダー問題に詳しい山形大の河野銀子教授(教育社会学)は「ジェンダーバイアスは無意識なことが多い。親心で『理系は男子ばかり』と言ったら、子どもはその進路を避けがちになる」と話す。

 ▽キーワードはSTEM

 ところで、理工系学部の学生の男女比率が今後も変わらなければ、社会にどのような影響を及ぼすのだろうか。この点もアンケートで大学側に尋ねた(複数回答)。

 その結果、「多様な研究開発の遅れ」が67%で最も多く、「理系分野での人材不足」が39%、「民間企業の国際競争力の低下」が37%で続いた。

 こうした大学側の懸念の背景には社会構造の変化がある。理工系の知識を生かす仕事は、かつては製造業や建設業が中心だった。近年は、環境問題など成長分野が広がっているほか、デジタル化で経済構造を変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が進んでいる。

 このため、科学技術を支える人材の育成は急務となっている。キーワードは、科学・技術・工学・数学のアルファベットの頭文字で表記する「STEM」。米国など海外では、この分野の教育が重視されている。

国公立大2次試験前期日程に臨む受験生=2021年2月、東京都文京区の東大(代表撮影)

 後れを取った日本政府は、経済財政運営の指針「骨太方針」に、21年になって、理工系学部で学ぶ女子学生の割合を増やす方針を初めて掲げた。

 20年末に閣議決定した第5次男女共同参画基本計画でも、大学の理工系の学生や教員に占める女性割合に数値目標を定めている。22年度には実態調査に乗り出す考えだ。

 ▽進路を考える上で誰に影響を受ける?

 ここまで書くと「性別による得意・不得意はある」「男子の方が算数や数学の点が高い」との声が聞こえてきそうだ。実際にはどうなのだろうか。国際機関や政府の調査を見てみよう。

 子どもの算数・数学と理科の学力を国際的な尺度で測る国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の19年報告書によると、日本の小学4年(9~10歳)の算数の平均点は、男女とも同じ点数だった。一方で、中学2年(13~14歳)の数学では、男子が女子を2点上回った。報告書は「統計的に有為な差はない」と結論付けている。

 もう少し大きい15歳を対象とした学習到達度調査(PISA)によると、男子の数学の平均点は女子を上回った。しかし、この結果も男子の方が理数系が得意だと示しているわけではなさそうだ。

 大阪大は「低年齢ではSTEM分野に興味を持つ割合は男女で同じ。年齢が進むにつれて社会の偏見、ロールモデルが少ないなどの理由で女子の理系離れが進んでいる」と指摘。山梨大も「中高生で能力的に男女差があるという意識は低い」と回答した。

 2大学の意見は、男子の平均点が女子を上回ったのは、性別の違いに由来するというより、成長に伴ってジェンダーバイアスの影響を受けていることをうかがわせる見解と言える。

 各生徒が進路を考える際、ジェンダーバイアスの影響をどのように受けるのだろうか。興味深いデータがある。

 内閣府が「中学生のころ、働くイメージや進路選択で影響を受けた人」を尋ねたところ、女子は母親がトップで、教員が続いた。中学2年の女子生徒を対象にした別の調査では、母親の最終学歴が理系の場合、進路として「理系」「どちらかといえば理系」を選んだのは4割。一方、母親が文系の場合に理系を選択したのは2割だけだった。

 ▽学ぶ楽しさ

 では、ジェンダーバイアスを乗り越えて理系を選ぶ女子生徒を増やすには、どうすればいいのか。ヒントは、東京都豊島区の私立中高一貫校「豊島岡女子学園」にありそうだ。

豊島岡女子学園高校の授業の様子(同校提供)

 この女子校では20年ほど前から、理系を選ぶ生徒が文系を上回るようになった。今春に高校2年となる生徒で見ると、3分の2が理系クラスに進む予定。昨年の大学合格実績を分野別で見ると、「理学・工学」が34%で最多だった。

 物理の授業を受け持つ村山洋教頭は「理系選択を誘導しているわけでもないし、特別な仕掛けもない」。自身が赴任した約30年前は、短大や専門学校への進学も珍しくなく、理系クラスを選ぶ生徒は1割未満だったと話す。

 大学進学率を伸ばし、理系選択が増えた要因は何か。村山教頭は「学ぶ楽しさ」を具体的に伝え、同時にキャリア教育も充実させたことにあるのではないかと分析する。

 学園では、中学2年で企業へのインターンを、中学3年では社会人になった卒業生へのグループインタビューを体験する。これが、進学後の就職まで含めた自身の将来像を考える機会となる。理系分野で活躍する先輩が、最も身近なロールモデルとなっている。

豊島岡女子学園高校の授業の様子(同校提供)

 高校では、大学に要請して教員に来てもらったり、研究室を訪問したりする機会を設けている。高校1年の夏休みは、大学のオープンキャンパスへの参加が必須。教科の得意・不得意に関係なく「大学で何を学びたいか」を軸に、生徒自身に進路への考えを深めてもらう狙いだ。

 生徒にとって、建築士やシステムエンジニアなど専門性を生かした職業は将来を想像しやすい。村山教頭は「関心が集まるのは自然だ」と言う。進学後のイメージが具体的であればあるほど、志す動機も強くなる。学校は、そうして決めた生徒の選択を支援する立場に徹する。

 「女子校なので男子と比べられる機会が少なく、ジェンダーバイアスにはほぼさらされない。純粋にやりたいことを見つけている」と村山教頭。「理系に進んだ卒業生が『男子ばっかり』と驚いて報告に来ることもある」と笑った。

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