<アフガニスタン>タリバン政権下 苦難のハザラ芸術家 「希望つなぐため描き続ける」(写真11枚)

人物画を描いていた当時のモハンマドさん(手前後ろ姿)。(2017年・本人提供)

復活したタリバン政権下、苦境に直面するハザラ人芸術家ムハンマドさん。人物画が描けなくなるなか、彼が絵に寄せる思いを聞いた。(玉本英子/アジアプレス

◆「これほど悲しい日はない」

タリバンがアフガニスタンの政権を掌握してから半年。カブールを見下ろす山に登り、歌声を響かせる男性がいる。芸術家のモハンマドさん(37)は、ハザラ人の伝統民謡に自らの心情を織り込む。

「助けを待ち焦がれ、この地を立ち去ってしまったあなた……」

迫害を恐れ、国外に逃れた友人たちに寄せた言葉だ。

ハザラ人で芸術家のモハンマドさんは、ハザラの伝統民謡を歌う。演奏活動はタリバン政権の復活でできなくなった。(2019年・本人提供)

タリバンの目の届かないところで歌うモハンマドさんは、その動画をネットにアップする。自分が今もカブールにいる証しでもある。私はネットアプリを通じて、モハンマドさんと連絡を取りあってきた。タリバンがカブールを制圧した昨年8月、彼はこう記した。

「人生でこれほど悲しい日はない。私自身の存在が無になったようだ」

モハンマドさんは、カブールで美術講師として芸術家志望の学生らに絵画を指導していた(写真:2019年)。タリバンが政権を掌握し、美術研究所は閉鎖。右はモハンマドさんの作品。(写真はいずれも本人提供)
馬を駆る男たちを描いたモハンマドさんの作品は、旧政権の大統領宮殿に収められた。タリバン政権になって以降、作品の行方はわからないという。(写真:本人提供)
2018年のモハンマドさんの作品展には多くの人が来場。昨夏のタリバン復活で、取り締まりは芸術にも及ぶと直感し、肖像画など30枚を超える作品を密かに隠した。(写真:本人提供)

◆タリバン政権復活で人物画描けず

美術研究所の講師を務め、絵画やデッサンを学生に教えてきた。画家としても評価され、旧政権の大統領宮殿に収められた作品もある。タリバンの取り締まりは芸術にも及ぶと直感し、肖像画など30枚を超える作品を密かに隠した。人物や生き物を描くことは、偶像崇拝につながるとみなされたからだ。

タリバンが統治を始めると、美術研究所は閉鎖となった。町中の肖像画の看板が、次々とペンキで塗りつぶされた。音楽も規制され、地元テレビやラジオから娯楽音楽番組は消えた。

結婚式につきものだった祝いの踊りや演奏も、タリバン政権復活でなくなった。写真は2002年当時、結婚式の祝いに集まった女性たち。(2002年・カブール・撮影:玉本英子)
2001年にタリバン政権が崩壊した際、それまで禁じられていた人物を描いた商店の看板が急増した。再びタリバン統治が始まって以降、こうした看板は撤去されたり、塗りつぶされたりすることに。(2002年・カブール・撮影:玉本英子)

◆「愚かなハザラ人」とののしられ

のちに、モハンマドさんは治安機関に連行される。「国外に脱出しようとする芸術家がいる」と密告されたのだ。拘束中は何度も殴打され、「愚かなハザラ人」とののしられた。モンゴル系の顔立ちのモハンマドさんは一目でハザラ人とわかる。地区の長老たちの仲介で、なんとか解放されたものの、いつまた捕まるか、との不安は拭えない。

日本人とそっくりの顔立ちもいるハザラ人。シーア派が多い。タリバン政権は「少数派の権利を保護する」とするが、実際には厳しい境遇に置かれているハザラ住民もいる。(2002年・カブール・撮影:玉本英子)

シーア派が多いハザラ人は、これまでタリバンに迫害されてきた。復活したタリバン政権の指導部は、イスラム法の範囲内で少数派の権利などを保護するとしたが、実際は居住区から立ち退きを迫られるハザラ住民もいて、厳しい境遇に置かれている。

◆ISはシーア派ハザラ人を標的に

さらに、アフガン国内でも活動する過激派組織「イスラム国」(IS)が、シーア派ハザラ人への襲撃を繰り返す。礼拝所やバスが標的となり、数百人が死傷した。モハンマドさんの友人も襲撃の犠牲となった。

「ハザラであり、芸術家であることで、苦境が重なっている」と彼は言う。

アフガニスタンでも活動するISは、シーア派住民を狙った攻撃を繰り返す。画像はISが機関誌で「カブールで多神偶像崇拝者(シーア派)バスを襲撃し40名殺傷」と伝える記事。(資料:IS機関紙:2021年11月)

◆アフガン細密画への影響も懸念

腐敗した前政権よりタリバンがましと思う人がいる一方、他宗派住民や女性など多くの人が過酷な状況に直面している。タリバン内部には国際社会からの財政支援を望み、社会統制の緩和に柔軟な姿勢を見せる幹部もいれば、宗教に厳格な強硬派もいる。

2月下旬、美術学部がある公立大学が再開された。アフガン細密画を教えてきたヘラート大学の教授は、人物画が禁止されるのは間違いないと述べ、「歴史あるアフガニスタンの芸術が失われようとしている」と危惧する。

モハンマドさんの画材道具。摘発を恐れ、人物画は断念したが、創作活動は続けたいと話す。(写真:本人提供)

◆「希望つなぐため描き続ける」

モハンマドさんの美術研究所は閉じられたままだ。妻と3人の幼い子どもを養うために、車を売ったお金でなんとか生活をつないできたが、「もう限界」という。

彼はいったんやめていた絵を、再び描き始めた。人物画ではなく、抽象画だ。「芸術に希望をつなぐために、私は描き続けます」と、思いを私に伝えてきた。

5年前の写真。職場の閉鎖で職を失い、生活苦になったうえ、シーア派ハザラ人としても苦境に直面。アフガニスタンから国外に脱出した友人たちも少なくない。(写真:本人提供)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年3月8日付記事に加筆したものです)

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