開幕30年目のサッカーJリーグでは複数のIT企業がJ1クラブの経営権を取得し、親会社になるなど変革が進む。積極的な動きの背景や描く未来像は?鹿島・小泉文明さん、FC東京・川岸滋也さんの両社長に聞いた。(共同通信=岡田康幹、大沢祥平、山本駿)
2019年、フリーマーケットアプリなどを運営するメルカリが、スポンサーを務めてきたJ1鹿島の親会社になった。メルカリ会長でもある鹿島の小泉社長は多彩な施策を打ってきた。
―クラブ内部はどう変わりましたか。
「まずは会社をアップデートしないといけなかった。ネット系企業がみんな意識しているのは速く、正確な意思決定と行動。最初に情報共有を大事にしました。それにはDX(デジタルトランスフォーメーション)しましょうということで(チャットツールの)Slackを入れましょう、(オンラインで)共同で物事を進めていきましょうとなっていった。実は新型コロナウイルスとは関係なく、20年1月ごろには在宅勤務テストが始まっていました。サッカークラブは遠征が多く、そもそもリモートワークができないとまずい。コロナ禍になっても環境を整えていたことがかなり大きかった」
―半年という速さで実現できた要因は何でしょうか。
「こういう会社をつくりたいとゴールをちゃんと言ったこと。ツール(導入)が先になると結局は何のためのツールとなってしまいます。一個一個説明することで腹落ちしている人が多かった。メルカリからの出向者を中心にやり方を共有できたのも大きかった」
―コロナ禍で鹿島は早くからクラウドファンディングや動画配信での投げ銭などを行ってきました。
「コロナに関係なく、もともとやりたかった事です。サッカークラブの経営を考えるとホームではチケット、グッズが売れるが、アウェーに行った瞬間に(お金が)入らない。選手が稼働している内の半分が収益化できていないと考えていました。感動を届けてるのにすごくもったいない。アウェーの試合のマネタイズ(収益化)にはデジタルを使うというのは自明でいろいろ事前に策を用意していました。さまざまな仕組みでファン、サポーターとのエンゲージメント(つながり)を高めたい」
―リアルの場である競技場での変化はありますか。鹿島は新スタジアム構想も公表しました。
「半歩先の未来を見せたい。例えば(場内の飲食店に導入した環境に優しい)植物性の食器類はコストは高いが、多分一般化していくもの。顔認証などのITもです。未来像のショールームにしたい。次のスタジアムも基本的にはそういう考え方でやります。パートナー企業にもそういうところにサッカークラブとコラボレーションする価値があると思います。実験をスタジアムでできれば(利用者も)慣れ、街にもなじむ。企業側のニーズがすごくあると思います」
―ミクシィもFC東京の経営権を取得しました。IT企業のJリーグ参入が続いています。
「自然な流れだと思います。インターネット企業を経営しているとエンターテインメントの重要性が上がっていくのが分かります。IT化がどんどん進んでいけば余暇が増えます。エンターテインメントの価値を上げ、生活の豊かさを提供したい。通信速度が上がっていく中、感動の伝え方はどんどんリッチになっていきます。やれることは多いと思います」
―連係してできることもあるのでしょうか。
「NFT(非代替性トークン、複製不能なデジタル資産)やスポーツベッティングなど『スポーツ×デジタル』という事例は多く出てくると思います。業界の健全な発展のためにはちゃんと理解している人たちが議論をリードしていく責務、必要性があるでしょう」
―NFTの可能性をどう考えますか。米プロバスケットボールNBAの選手動画は高値で取引され、メルカリもプロ野球パ・リーグと組んで事業参入しました。Jリーグでも活用が始まっています。
「(発展に)期待していますが、これは分からないので、まずはやってみる。サッカーはロースコアのスポーツなので(ゴールシーンに希少価値があり)相性がいいのではないでしょうか。感動的なシーンはやっぱり価値があります。ビジネスとしてやっていったら面白いのではと思います」
―鹿島は自治体と協定を結び「スマートシティ」事業も進めています。JリーグやJクラブの将来像をどう描いていますか。
「なくてはならない存在であり続けたいです。地域への貢献はすごく大事。試合をするだけでなくハブとなりたい。地域、行政、パートナー企業、いろいろな人の真ん中にサッカークラブがあってこの技術を使える、ここの会社が解ける、というように課題解決のためになくてはならない存在になっていければと思います。そうすればもっとファンの裾野は広がる。その事例を鹿島でたくさんつくりたいです」
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ことし2月、会員制交流サイト(SNS)の草分け的存在で人気ゲーム「モンスターストライク」を手掛けるミクシィがFC東京の経営権を得た。スポーツ事業部長などを務めた川岸氏が新社長となった。
―ミクシィは18年からFC東京のスポンサーであり、株主。Jリーグクラブの魅力はなんでしょうか。
「ミクシィとしては2017年くらいからスポーツ事業に携わり始めました。サッカーは世界で最も人気のあるスポーツ。その中でFC東京とご縁がありました。スポーツはコミュニケーションの起爆剤になる。一番人口の多い都市にあるクラブだから一番大きな形で取り組めます。スポーツ業界ではDXが求められており、われわれにできることがあるのではとずっと考えていました」
―バスケットボール男子Bリーグ1部、千葉ジェッツの経営なども行っています。スポーツ事業に乗り出した経緯は。
「モンスターストライクがかなり有名になっていますが、(ミクシィ社長の)木村(弘毅)は『ゲームというよりはコミュニケーション』と言っています。ミクシィもSNSで大きく成長しました。スポーツとコミュニケーションは切っても切り離せないところがあります。(従来の事業と)すごく親和性が高い。必然的にスポーツにたどり着いたと考えています」
―FC東京をどう変えますか。
「サッカーそのものをコンテンツとしたとき、そのデリバリー(受け渡し)をどのような形でやっていくか。ミクシィの力を使っていろいろ考えてみたいです。デジタル(技術)を使い、FC東京をいろいろな人に届けていきたい。ミクシィの技術をデジタルマーケティングはもちろん、トップチームの分析などにも生かせるのではないかとも思っています」
―ミクシィはスポーツ観戦できる飲食店の検索・予約サービス「Fansta」を運営し、英国風パブ「HUB」とも提携しています。FC東京の経営権を得たことによる相乗効果は。
「リアルとオンラインの融合は私たちが得意とするところ。リアルでやっているスポーツをデジタル(技術)を使ってどう伝えていくか、どうすれば多くの人に届くかいろいろ考えています。見る文化をつくっていくためにはあまり閉じて考えてはいけない。今はスタジアムに行くか、家で見るか。サードプレイス(第三の場所)を開発し、そこにファン、サポーターが訪れるという流れをつくっていきたい」
―IT企業がJリーグに参入する流れが続いています。
「なぜIT企業が求められているのか。スピード感を持っていろいろと決めていけるカルチャーを持った人が多く、変化を恐れないところがあるからだと思います。このスピード感がIT企業、ネット系の人たちの一つの特性。今までのFC東京の歩みも踏まえ、正しい方向にどんどん進んでいきたい。鹿島の小泉社長とはミクシィで一緒に働いたこともある。一緒にできること、一緒に考えていった方がいいことはいっぱいあると思います」
―クラブ、Jリーグの将来像をどう描いていますか。
「首都東京にふさわしいクラブに名実ともにしていきたい。東京は日本で特殊な場所でもある。そこに誇れるサッカークラブをつくっていきたい。それがアジア、世界の中でJリーグを輝かせる一つのサポートにもなるとも思っています。