地方創生人材の育成につながる官学連携の実践的な学び。信州大学「ENGINE」プログラム「ストラテジー&リサーチ・リテラシー・ゼミ」レポート

地方創生を牽引できる人材の育成を目的に、信州大学、富山大学、金沢大学の3大学が連携して2021年度から取り組んでいるプログラム「ENGINE」。信州大学では、その一環として、専門学部を超えて主体性を持った学生が学術に対する深い理解と経験を養うことを目的とした独自の履修認定制度「全学横断特別教育プログラム」に取り組んでいる。同プログラムは2017年度から実施されているものだが、2021年度からは「ENGINE」と連携させるコースを新たに開設した。

それが「ストラテジー・デザイン人材養成コース」だ。経営戦略や政策策定、事業評価に必要な思考法と、正しいエビデンスやデータを得て理論を組み立てるデータリテラシーを持った人材育成を目的としたコースである。そのスタートアップ科目の1つに位置づけられている「ストラテジー&リサーチ・リテラシーゼミ」が、2021年度後期に全15回の講義で開講された。

正しいデータに基づく戦略的思考で地域社会の課題解決を

科目名として使われる「ストラテジー・リテラシー」とは戦略的志向/思考のこと。さまざまな物事を客観的・構造的に捉えるクリティカル・シンキングを実践し、取り組むべき課題を設定したうえで、効率的・効果的な解決策を設計する能力を指す。「リサーチ・リテラシー」とは妥当性や信頼性の高いデータを収集して読み取り、調査を設計・実施・分析するスキルのこと。課題を明確化するための情報収集に必要な調査設計のノウハウを得て、客観的な現象の把握や変化を測定するための指標設定、分析方法を理解し、社会調査や統計データなどを正しく解読する能力のことだ。このふたつの力を身につけるべく、インプット型の講義と並行し、地域の企業や自治体などと連携してリアルな地域課題解決に取り組むアウトプット型の実習にも取り組むことで、知識の必要性を理解することがこの授業の基盤である。

上記を踏まえた授業の特徴は3つ。

__\(1\)大学が行政や企業、公共団体、NPOなど地域社会と関わり合い、問題や課題を解決すること。

(2)これまで経験のない人口減少化社会において地方再生や創生の切り口を学び、ともに考えていくこと。

(3)グループワークで他者との意見交換を行い、自ら考えて体験することで、多様な視点や柔軟性を身につけ、課題を解決する仕掛けや仕組み、システムを考える力を養うこと。
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これにより、昨今の人口減少のほか、COVID-19の流行といった社会の変化を正しくしなやかに捉え、正確な証拠を得て戦略的に問題を分析し、課題解決の力を得るのが授業全体の狙いだ。一方で、本授業は、1年次生対象であることや様々な学部の学生が受講していることから、ストラテジーやデータサイエンスの考えをベースに据えつつ、まずは課題解決のイメージを掴むことを重視した。

自治組織に焦点を当てた地域づくりに取り組む塩尻市との連携

2021年度に連携を図ったのは、長野県塩尻市。信州大学本部がある松本市に隣接する田園都市で、地域コミュニティのなかでも特に自治会など地縁コミュニティを重視した地域づくりに取り組んでいる。しかし、若者世代を中心に、年々地縁コミュニティに関わる住民の減少が課題となっていたことから、本授業では政策・事業戦略の立案や課題解決に必要とされる「ロジックモデル」の手法を活用することで、同市が目指す「地縁コミュニティの活性化」と、その先に位置づけられている「地域共生社会(住民が当事者意識を持った自立型の安心安全な環境づくり)」の実現に向けて共同研究を行った。その共同研究の一環で塩尻市には授業に参加いただき、大学と協働で講義を作り上げた。

塩尻市と信州大学の連携は今回に限ったことではなく、以前から地域ブランドやシティプロモーションをテーマに共同研究を行ってきた経緯がある。そうしたなかで、塩尻市は2021年度に官民連携型のシンクタンク組織「しおじり未来創造ラボ」を設置。独自の政策研究を進めてきた。その流れを受け、学術的見地からのアプローチやノウハウを得たいという思いが、今回の協働につながっている。他方で、大学としては、実際に地域社会の現場で学生が地域課題に向き合うことで、さらなる知の創造を目指した。双方がリンクし、互いの得意分野や環境を生かして知の交流と創造を体現することで、それぞれのフェーズを高め合うこともまた本授業の目的である。

なお、信州大学ではコロナ禍でリモート授業が増えるなか、本授業では新型コロナウイルス感染症対策を施したうえで対面形式の授業を実施し、実際に塩尻市でフィールドワークまで行ったこともひとつの特徴である。

→ポイントはグループワークとアクティブラーニング

ポイントはグループワークとアクティブラーニング

全15回の講義の共通テーマは「コミュニティ」だ。塩尻市の地縁コミュニティの理解を深めつつ、フィールドワークにおいて不可欠となる資料の入手方法やインタビューの手法、アンケートの作成方法や有効なツールなどを講義形式で修得。つぎに、フィールドワークにより、塩尻市の地縁コミュニティの現状を把握した上で、「理想の地縁コミュニティのロジックモデル」を構築した。そこから現状と理想のギャップや問題を考え、最終的に学生自身がよりよいコミュニティの政策につながると考える事業提案を塩尻市に行うことが授業の一連の流れであった。

前半は「地縁コミュニティ」という学生にはなかなか馴染みのない題材を扱うことを踏まえ、「⼦供の頃に参加した地域の⾏事・祭り」といった身近なテーマをもとに地域社会のイメージを掴みながら、各自が塩尻市の事前調査を実施。また、市役所職員の出張講義も開講し、近年の自治会など地縁コミュニティの活力の現状と地域づくりに向けた行政の取り組みを学んだ。

なお、この出張講座に限らず、塩尻市企画政策部企画課と市民生活事業部地域づくり課の担当職員は毎回講座に参加し、学生とも積極的に関わったことは、双方の状況の理解や関係性の深化にも役立ったようである。

そのうえで、講義型授業に加えてグループワークというアクティブラーニングを実施。学生たちは毎回4人ほどの4グループに分かれ、「地域に関心を持ち自分事として捉える方法」「フィールドワークの際に着目すべきこと」「理想のコミュニティづくり」などのテーマに対して討論や意見を重ね、複数人の提案を取捨選択してひとつの意見として完成させた。そして最後に発表をすることで、考えて理解を深める力を身につけ、ジェネラルアンサーではなく個々人のアイデアや考えを重視する課題解決の手法を学んだ。

さらに「この授業では自分の考えを言語化して相手に伝える能力を身につける側面も重視していた」と、授業を担当した西尾尚子助教は話す。少人数で活発に議論を交わすグループワークもその一環だ。一方で、大勢の前での発言に躊躇しがちな学生の思いを汲み、授業中はスマホやタブレットを使って学生の意見や質問、気付きをリアルタイムで匿名で集計できるツール「Mentimeter(メンチメーター)」を活用。寄せられた考えは即座に教室のスクリーンに映し出され、それにより発言のきっかけが作られるため、控えめな学生も授業に参加しやすい環境となった。

毎回の講座のレポートも学生が交代で執筆。その担当決めも学生同士で行い、書かれたレポートは「ENGINE」プログラムのWebサイトに掲載することで、学生が授業に主体的に取り組むムードが自然と醸成されたという。その結果、学生の言語化能力に成長が感じられたことはひとつの手応えだったと西尾助教は振り返る。

リアルな現場での学びからロジックモデルを構築

フィールドワークの前半では、受講生全員で、塩尻市内で住民主体の先進的な自治を展開する奈良井区と宗賀地区で地域住民の取り組みを聞いた。後半では、グループ単位で調査したい場所を学生自らが企画し、市民交流センター「えんぱーく」「えんてらす」やシビックイノベーション拠点である「スナバ」など、興味のある地域施設を訪問する調査活動を実施した。

「実際に授業やフィールドワークを通じて、現場の職員や地域のコミュニティをつくる住民の生の声を聞く貴重な機会が得られたことは、学生にとって多くの学びに通じた」と西尾助教。提出された学生のレポートにも「地域の課題などを肌で感じることができ、さまざまな視点でのコミュニティの形を学んだ」との記述が見られ、どのように問題意識を持って住民が行動を起こしたのかを知ることで、学生がより塩尻市に関心を持ち、課題を自分事として捉えることにつながった様子が感じられた。

フィールドワーク後は、そこで得た知識や把握した現状からロジックモデルの組み立てに重きを置いた講義を実施。ロジックモデルとは、効果の実現に向けた道筋を体系的に図示化することで全体像が理解できるほか、プロジェクトの提案/デザインにも役立ち、目的やそこに至るまでのステップを評価することで、なぜプロジェクトが達成できたか/できなかったのかも知ることができるツールである。そのうえで、目的を達成した先にある、さらなる最終目的を考える役割も果たす。

このロジックモデルの講義を担ったのは、外部講師であるNext Public Health Lab代表の荒川裕貴氏だ。産官学連携によるまちづくりのロジックモデル事業を展開しており、実際にこれまでも塩尻市において、信州大学の学生および院生とともに、ロジックモデルに関わる事業提案を実施した経験がある。その経験を生かした授業は「学生が塩尻市の地域コミュニティ活動の理想のロジックモデルを作る」というイメージをより明確にした。また、経験豊富な見地からのアドバイスは学生のロジックモデルの理解を深めたことだろう。

この学びをもとに、学生たちはフィールドワークで得られた知見からロジックモデルを作成した。そのうえで、個々人のバックグラウンドや若者ならではの感覚もロジックモデルに落とし込み、4つのグループ単位で地域コミュニティ活動の理想的な姿や地縁コミュニティを活性化するための提案をまとめて最終発表とした。

→次代の人・社会を動かす熱意と戦略データが地方創生の原動力に

次代の人・社会を動かす熱意と戦略データが地方創生の原動力に

全15回の講義を経て、「信州大学と塩尻市、双方にとってさまざまな気付きと学びがあった」と話すのは、塩尻市地域づくり課の上村英文さんだ。地縁コミュニティという、学生にとって当事者意識を感じにくいテーマを取り扱う難しさは感じたものの、だからこそ学生ならではの面白い発想があったと語る。なかでもSNSを活用する情報発信はいかにも大学生らしい視点で、地域コミュニティや自治会という、ある種クローズドな組織に若者を取り込むための新たな視点を得たという。

加えて、「行政もエビデンスに基づいた政策立案を推進していかなければいけない時代のなかで、大学との共同研究でロジックモデルを修得できたことは意義深かった」と話すのは、企画課の古屋貴大さんだ。今回の共同研究を土台に、塩尻市では今後、地縁コミュニティのみならず福祉や教育など縦割りの垣根を超え、行政・住民・事業者などが連携した事業展開で「地域共生社会」の実現を目指していくという。新たなフェーズへの発展である。

一方、「ストラテジー・デザイン人材養成コース」としては、2年次以降はロジックモデルを念頭に置きながら、データサイエンスのスキルを習得してアビリティを身につけ、3年次には地方自治体や団体、企業等のインターンシップに参加することで、実務から実践力を学んでいく。その成果を4年次の卒業論文や就職活動などに生かしていくことが最終的な着地点である。「学生が興味・関心が持てるテーマ設定や、一人一人が意見を持てる環境づくりを引き続き構築しつつ、今後も学生に楽しんでもらえる授業の構成は大事にしていきたい」と西尾助教。学生の内なる原動力であるハートドリブンの連携力や突破力と、地域や人を中心に据えたデータオリエンテッドの思考力を養い、社会に関わり続ける力、未来社会を見据えた創造性、あふれる推進力を培うことで、次の時代を創造していくコアな人材に必要なリテラシーを持った人材の育成を目指していく。

スタートを切ったばかりの「ENGINE」プログラムと「ストラテジー・デザイン人材養成コース」。広域的な地方創生の源となる、時代や環境変化に適応した思考やアクションが取れる人材育成は始まったばかりだ。さらなる挑戦と進化に期待したい。

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