アメリカ夜行列車の車内食、「粗飯」の汚名返上なるか メニューを刷新したエンパイアビルダー「鉄道なにコレ!?」(第29回)

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

米ノースダコタ州の駅に停車中の「エンパイアビルダー」=2021年7月31日、筆者撮影

 「コンビニ弁当の方がずっと上」と正直思ったのが、全米鉄道旅客公社(アムトラック)で米国の首都ワシントンから中西部シカゴまで乗った夜行列車「キャピトルリミテッド」の電子レンジで温めただけの粗飯だ。一方、シカゴからワシントン州シアトルへ向かう夜行列車「エンパイアビルダー」は2021年6月に食事メニューを刷新し、アムトラックの“名物メニュー”も振る舞われるという。食堂車で振る舞われる車内調理の料理で、汚名返上なるか。(共同通信=大塚圭一郎)

「鉄道なにコレ!?」第24回「13 万円の夜行列車旅、まさかの粗飯に驚愕」はこちら https://nordot.app/815760969134505984?c=39546741839462401 

 【食堂車】夜行列車などの長距離列車に連結した、利用者に食事を提供するための車両。レストランのようにテーブルと向かい合わせになった座席を配置している場合が多い。同じ車両に調理をする厨房や、給食設備を備えている。日本の豪華寝台列車であるJR九州の「ななつ星in九州」、JR東日本の「トランスイート四季島」、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風(みずかぜ)」にも連結し、走るルートの沿線の食材を生かした料理などを出している。

 ▽自己責任で預けた荷物は…

 ワシントンからシアトルまで米大陸を横断するため、ワシントンから中西部シカゴまで1泊2日のキャピトルリミテッドと、シカゴからシアトルまで2泊3日のエンパイアビルダーを乗り継いだ。キャピトルリミテッドは1時間45分遅れでシカゴ・ユニオン駅のプラットホームに滑り込んだが、エンパイアビルダーの出発まで3時間45分が残されていたため待合室に一部の荷物を預けて近場を観光した。

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第27回 https://nordot.app/848383851871633408?c=39546741839462401

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 だが、係員が責任を持って荷物を保管してくれるのではなく、利用者が荷物に氏名などを記したタグを取り付け、待合室内の倉庫にある棚に自分で置く“セルフサービス”方式だった。係員が関知しない自己責任の仕組みのため盗難や、誤って持ち去られるリスクがある。

 私たちが預けた荷物はいずれも無事だった。ただ、個室寝台利用でワシントンからシアトルまでポケットマネーで1人当たり約13万円もの大枚をはたいた立場からすればホテルのように荷物を預かってくれる係員を配置してほしいと切に思う。チップ文化のある米国だけに、利用者の多くは荷物を受け取る際にチップを係員に快く手渡すはずだ。

米ウィスコンシン州・ミルウォーキー駅のプラットホームには旧型客車が止まっていた=2021年7月30日、筆者撮影

 ▽手段を選ばないらつ腕経営者

 同じくサービスとして不満が残ったのは、キャピトルリミテッドで出てきた電子レンジで温めただけの粗末な料理だ。これは2017年7月から20年4月までアムトラックの最高経営責任者(CEO、当初は共同CEO)を務めたリチャード・アンダーソン氏の“聖域なきコストカット”の名残だ。

 米航空大手、デルタ航空のCEOだったアンダーソン氏は「目的のためには手段を選ばないらつ腕経営者だった」(航空業界関係者)とされる。デルタが旧ノースウエスト航空を吸収合併すると、デルタに一本化するために伝統ある「ノースウエスト」の名前を完膚なきまでに消し去った。

 日本航空が2010年1月に会社更生法の適用を申請して経営破綻した前後には支援に名乗りを上げ、デルタなどが主導する航空連合「スカイチーム」に日航を奪い取ろうとした。日航は提携するアメリカン航空などの航空連合「ワンワールド」に残留したが、当時のアメリカン幹部は「航空連合同士の競争が激しいとはいえ、他の陣営のメンバーを強奪しようとするとは」と目を丸くしていた。

 そんなアンダーソン氏がデルタCEO退任後にアムトラックで託されたのは、慢性赤字体質からの脱却だった。1971年の発足から赤字が続いており、連邦政府などの補助金で収支を合わせてきた。

 アンダーソン氏の「目的のためには手段を選ばない」経費削減の対象は個室寝台利用者に提供する食事内容に及び、食堂車の厨房でシェフが調理する仕組みを廃止した。アムトラック自慢メニューだったステーキも廃止され、車内の電子レンジで温めるだけの食事が横行するようになった。

 アムトラックは「高品質なサービスと、旅行時間で他の移動手段と比べて競争力のある都市間輸送を提供する効率的で効果的な鉄道輸送」を使命としているが、高い料金を支払っている顧客に対しても「高品質なサービス」の提供を放棄したことになる。鉄道業界関係者から「アムトラックの個室寝台のサービスがデルタの短距離航空便のような水準に低下し、もはや『デルトラック』だ」と揶揄する声も聞いた。

米ウィスコンシン州ミルウォーキーの市街地=2021年7月30日、筆者撮影

 ▽利用者回復へ原点回帰

 アムトラックの2016年9月期決算(15年10月からの1年間)の純損失は10億8048万ドル(約1240億円)だったが、アンダーソン氏が“聖域なきコストカット”を進めたことで18年9月期は8億1720万ドルに縮小した。しかし、新型コロナウイルス流行による利用者激減が響いて20年9月期は16億7903万ドルに膨らんだ。

 アンダーソン氏の退任後、利用者回復に向けた原点回帰に踏み出した。夜行列車の一部での個室寝台利用者向けの車内調理復活で、主に米西部を走る6種類の夜行列車で21年6月23日に提供が始まった。

 シカゴ・ユニオン駅で乗り込んだエンパイアビルダーも対象の一つだ。エンパイアビルダーは、ディーゼル機関車が「スーパーライナー」と呼ばれるステンレス製の2階建て客車をけん引する。行き先がシアトル、ポートランド(オレゴン州)の両方あるため、途中のスポケーン駅(ワシントン州)で客車を切り離す。

 ▽名産地のビールは?

 シカゴを出発して1時間半弱たつと、ミシガン湖に沿って工業都市が広がっているのが視界に入る。ここは日本麦酒(現サッポロビール)が1958年の広告で「ミュンヘン サッポロ ミルウォーキー」のキャッチフレーズで売り込んだウィスコンシン州最大の都市、ミルウォーキーだ。

 広告では「サッポロビール」の名前を売り込むために、北緯45度のビール産地の一つとして「これが世界のビール三大名産地です」と紹介された。ミルウォーキーには、北米ビール大手モルソン・クアーズ傘下のビール「ミラー」の工場があり、醸造からそれほど経過していないビールを味わえる工場見学も受け入れている。

アムトラックの夜行列車「エンパイアビルダー」に連結された食堂車=2021年7月31日、米モンタナ州で筆者撮影

 やがてビールに誘われるように、夕食のために列車に連結した食堂車へ向かった。テーブルを挟んで向かい合わせになったいすに腰掛け、ビール名産地があるウィスコンシン州の車窓を眺めながら「ミラー」のグラスを傾けるのは悪くない。

 ところが、ビールのメニューを見ても「ミラー」が見当たらない。並んでいる銘柄はオランダの「ハイネケン」、ベルギーの「ステラアルトワ」、ともにベルギーに本拠を置くビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)の「バドライト」と「コロナ」と欧州系大手がひしめく。

 残るクラフトビールの「ストーンIPA」は米西部カリフォルニア州のストーンブリューイングの製品であり、「バドライト」を製造している事業会社は米アンハイザー・ブッシュではある。しかし、米連邦政府などの補助金で毎年の赤字を穴埋めしており、その名も「アムトラック」の車内で提供するビールがこれほど欧州系に席巻されていいのだろうか?

 ▽脱「デルトラック」の味は?

 代わりにカリフォルニア州産の赤ワインをグラスで頼んだ。「ミラー」が用意されていなかったこともあるが、夕食のメニューの中からアムトラック名物のアンガス牛の肩肉「フラットアイロン」のステーキを選んだため赤ワインと合うと思ったのだ。

アムトラックの夜行列車「エンパイアビルダー」の食堂車の夕食で出てきたステーキ=2021年7月30日、米ウィスコンシン州で筆者撮影

 さて、コスト削減一辺倒の「デルトラック」路線から脱し、原点回帰した車内調理の味はどうなのか?焼いたばかりのステーキは大当たりで、付け合わせのソースとも実に合う。前日出てきた電子レンジで温めただけの粗飯とは全く別物で、汚名返上と評していいほどの素晴らしい出来だ。

 妻が頼んだ大西洋サケのグリルも試食したが、みそとバターで作ったソースとの相性が良くて美味だった。近くのテーブルで食事をしていた男性客も「良い味だ」と舌鼓を打っており、早くも成果を挙げていると言えよう。

 ただ、やや残念なのは、皿やフォーク、ナイフといった食器が安っぽいプラスチック製だったことだ。この点はアムトラックも気にしているようで、食器をセラミック製に順次切り替える計画を明らかにしている。アフターコロナ時代を見据えて「走るレストラン」と呼べる高級路線が定着し、できればアルコール類の選択肢が広がって沿線で醸造されたビールも味わえるようになることを強く期待している。

アムトラックの夜行列車「エンパイアビルダー」の食堂車の夕食で出てきた大西洋サケのムニエル=2021年7月30日、米ウィスコンシン州で筆者撮影

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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