“ナックル姫”の兄が野球室内練習場を設計 野球を続けた先で見つけた異色の経歴

横浜市にオープンした野球専門室内練習場「BAY SIDE LINE」の設計者・吉田勇介さん【写真:伊藤賢汰】

「BAY SIDE LINE」の設計担当は吉田えりさんの兄・勇介さん

2020年2月、横浜市に野球専門の室内練習場「BAY SIDE LINE」がオープンした。投球や打球を分析する最新の機器「ラプソード」も導入されている話題の会員制の施設。練習場の設計を担当したのは「ナックル姫」の愛称で親しまれる吉田えりさん(エイジェック女子硬式野球部)の兄・勇介さん。目元が“そっくり”な兄はボートレーサーを志した異色のキャリアを経て、再び野球への熱を燃やしている。

【写真】違和感なくうなずける “ナックル姫”とそっくりな兄・勇介さんのツーショット

黒目が大きくぱっちりした目と笑顔が、女子の第一人者と重なる。兄妹だから似ているのは当たり前と言われればそれまでだが、「吉田えりさんの兄」と違和感なくうなずける。横浜市で建築業を営む吉田勇介さんは、横浜市にオープンした野球専門の室内練習場「BAY SIDE LINE」の設計を手掛けた。「ナックル姫」の愛称で知られる吉田えりさんの2つ年上の兄だ。

吉田さんは小学校3年生で野球を始めた。中学時代は横浜市内のシニアチームでプレーし、高校は甲子園を目指して山梨県にある帝京三へ越境した。昨シーズン、プロ1年目で29試合に登板した西武・水上由伸投手ら、数多くのプロ野球選手を輩出している強豪校。その後、専門学校まで野球を続けた。

「野球を終えた時に、次に目指すものがほしいと思っていました。親戚に勧められたのがボートレーサーでした」

兄妹の経歴を見ると吉田さんは野球一家と想像するが、両親とも野球の経験はない。吉田さんが野球に興味を持つ前に親しみがあったのはボートレースだった。母親の兄や母方の親戚夫婦がボートレーサーで、子どもの頃はボートのプロペラをもらったこともあるという。

ボートレーサーを目指して1年勉強、入試は合格も10キロの減量が壁

吉田さんは専門学校卒業後、ボートレーサーを目指して1年ほど勉強した。そして、一般入試に合格。だが、高い壁となったのは体重だった。当時、吉田さんの体重は65キロ。ボートレーサーになるには10キロの減量が必要だった。「体格が良かった分、体重を落とせませんでした。飲まず食わずで減量して最後は水も抜きましたが、56キロが限界でした」。野球では長年、体を大きくし、筋力をつけてきた。短期間で体重を10キロも落とす正反対の要求をされた体が、期待に応えられないのは当然だった。

23歳で地元のリフォーム会社に就職した吉田さんは、仕事にのめり込んだ。「衣食住の住を扱う仕事は、身に付けた知識や経験をお客さんへダイレクトに還元できます。大変なところはありますが、感謝されるのがうれしかったです」。25歳で独立し、住宅のリフォームや建物の設計などをしている。「BAY SIDE LINE」では設計を担当。シニア時代のチームメートで施設の代表を務める高橋悠太さんらと、再びチームを組んで練習場を作り上げた。

選手として本気で野球と向き合う生活は専門学校で終えた吉田さん。それでも、妹・えりさんの練習には付き合ってきた。子どもの頃から兄妹で一緒に練習して互いを良く知っているだけでなく、現役時代は捕手一筋だった吉田さんは、えりさんの練習相手に最適。だが、ナックルを捕球するのは簡単ではなかった。

「大きく揺れたり落ちたりするので、なかなか捕れませんでした。頭に直撃したこともありました。捕手が捕れないボールを投げるのは、すごいと思っていました」

「BAY SIDE LINE」のオープンを祝うイベントの始球式では、吉田さんが妹・えりさんの投球を受けた。もちろん、球種はナックル。何とか捕球して兄の面目を保ち「今でもナックルが投げられるのは、まだ現役ですね。よけながら捕るのがやっとでした」と笑った。

えりさんにプレーでは勝てないかもしれないが、吉田さんの野球への情熱は現役だ。今回作った室内練習場は、まだスタートだと話す。「いい施設が完成したと思っていますが、まだまだやりたいことが出てきました。作りながら自分自身がワクワクしていましたし、利用する人たちがワクワクする空間を今後も作っていきたいです」。関わり方が変わっても、野球への愛情は変わらない。(間淳 / Jun Aida)

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