入管収容施設の映画「牛久」の監督が問いかけるもの トーマス・アッシュ監督インタビュー

「牛久」を制作したトーマス・アッシュ監督。映画完成にも笑顔はない。「公開できたことに感謝していますが、決して安心していません。入管問題はこれからです」

 オーバーステイなどで在留資格を失い、国外退去を命じられた難民認定申請者らが多く収容されている入管施設。その実態に迫ったドキュメンタリー映画「牛久」が2月下旬から全国で公開され、反響を呼んでいる。「牛久」とは、全国に17カ所ある入管収容施設の一つ、「東日本入国管理センター(茨城県牛久市)」、いわゆる「牛久入管」のことだ。作品を手掛けたトーマス・アッシュ監督は、「牛久」の面会室にカメラを忍ばせ、アクリル板越しに窮状を訴える収容者たちの姿をビデオカメラで記録した。社会から隔離された「密室」で繰り返される自殺未遂や命がけのハンガーストライキ、「制圧」という名の暴力…。レンズを見据えた収容者たちの証言から、人権侵害の実態が浮かび上がる。制作の思いや背景を監督に聞いた。(共同通信=泊宗之)

 ▽ハンストで命がけの抗議

 監督が入管問題に関わるようになったのは、2019年秋だった。教会のボランティアとして入管施設の収容者との面会活動をしている友人に誘われ、牛久と品川の入管を訪れたのがきっかけだった。

 面会室はアクリル板1枚で仕切られ、たとえ家族であっても手を触れることすらできない。録画や録音は一切禁止、携帯電話の持ち込みも許されない。規制の数々は、施設内の重苦しい空気をさらにそうさせているようだった。収容者と対面すると、過酷で理不尽な扱いを各々が訴え始めた。少しずつ事態の深刻さをのみ込んでいった。

アクリル板越しにトーマス監督と手を重ねるピーターさん。ハンストで歩行できなくなるまで衰弱し、車いすで収容生活を送っていた(監督提供)

 この時期、全国の入管収容施設では、長期間に及ぶ収容に絶望して心を病み、自傷行為や自殺未遂をする人、抗議のハンストをする人が相次いでいた。6月、長崎県大村市の入管でハンスト中のナイジェリア人が餓死すると、抗議ハンストは増加。極度に衰弱すれば一時的に身柄の拘束が解かれる「仮放免」が認められるケースが増え、全国に拡大した。だが、仮放免されても2週間で再び収容される厳格な運用を入管は徹底し、収容者たちをさらに苦しめた。監督がアクリル板越しに相対した多くの人たちも命がけで抗議。会うたびにやせ細り、生気を失っていくようだった。ハンストを決行するイラン出身で難民申請者のアリさんは、カメラの前で悲壮な覚悟を伝える。「今は入管と僕のファイト。誰が勝つか分からないよ」

 ▽収容者の肉声を証拠として記録

 長期の収容が続いた背景には、東京五輪を前にした治安対策の名の下、非正規滞在者の締め付けを強化した入管の方針がある。彼らを「社会に不安を与える外国人」と規定し、全員を原則収容。いつ出られるか分からない無期限の拘束で精神的に追い込み、自発的に出国するように迫った。

 だが、収容者の多くは難民申請者。帰国を強要されても、母国での迫害の恐れなどがあって帰れない。結果、収容は長期化した。新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、感染防止対策で多くの収容者が今も仮放免されているが、収容の是非は入管側の裁量で決められる。裁判所による審査はない。

映画「牛久」のパンフレット。難民審査、在留資格、収容、仮放免…。その判断基準などは不透明で「ブラックボックス」とも言われる入管の実態を収容者たちが語る

 ボランティア活動を通じ、百人を超える収容者と面会する中で、彼らが命を落としてしまう危険を本気で感じたという。「もしここで死んでも、隠ぺいされるのではないか」。脆弱な立場の非正規滞在者。その存在をかき消し、人生を弄ぶかのような入管政策と処遇。衰弱していく人たちを目の前に、躊躇する余裕はなかった。「苦しむ彼らの肉声を証拠として記録できないか。この扱いが、この先も続くことがないように動かなければ」。証言を残すため、カメラを回し始めた。

 ▽極端に低い日本の難民認定率

 「難民申請書はあるけど、あれはみせかけだ」「他に選択肢はない。待ち続けるしかない」。

 映画では、難民認定の申請をするもいっこうに認められない厳しい現実を、収容中の申請者たちが口々に訴える。その声や姿を映像に収めると同時に、その信憑性を確かめようと論文や記事などの資料を読み込み、背景を分析した。「深く知ろうとすればするほど、なぜという疑問ばかりが沸いてきました」

 彼らの話を集めると、日本の難民認定制度の問題にたどり着いた。国外退去を命じられた人のほとんどは帰国しているが、それでも残る人たちの多くが迫害の危険などを理由に難民認定の申請をする。だが、認定率は1%にも満たず、諸外国と比べても極端に低い。日本は81年に難民条約に加入しているが、実際は難民の受け入れに消極的だ。その該当性は入管職員(難民調査官)が判断するが、審査の過程や判断理由などは開示されず、申請者はなすすべがない。

収容の苦しさを訴えるデニズさん。11年に日本人女性と結婚し生活基盤が日本で整うも在留資格が与えらず、健康保険に入れない上、働くことも許されない(監督提供)

 「公正で透明な手続きにすべきです。不許可理由が示されなければ、申請者はどういった証明が必要だったのかも分からず、申請を繰り返すしかない。出身国による差別もあってはならず、平等原則で審査すべきです」

 審査に政治的な判断が持ち込まれているという批判は根強い。例えば多くがクルド人とみられるトルコ国籍者の認定率は世界平均では45・6%(19年)だが日本ではゼロ。過去1人も認められておらず、友好国としての配慮と見られている。支援弁護士らは、「治安維持を目的に外国人を取り締まる入管が難民保護を担当するのは矛盾がある」と問題視し、第三者機関が難民認定手続きをするべきだと指摘している。

 難民として認められないまでも、人道配慮すべき人を保護する「在留特別許可」の制度があるが、政府は近年認めない傾向を強め「送還忌避者」として排除を進める。こうした姿勢に対し、国連機関はこれまで何度も是正を求めているが、政府方針は変わらないばかりか、難民申請を繰り返す非正規滞在者の強制送還を徹底する法改正を狙う。

 ▽もっとも衝撃的な場面は…

 映画の公開にあたり、監督は可能な限り劇場に足を運び観客との意見交換を重ねた。この問題を一緒に考えたいという思いからだ。さまざまな感想が寄せられる中、「隠し撮り」の手法を巡る批判的な意見も少なくなかった。監督は主張する。

 「私の親が子どもだった頃、黒人の人が入ってはいけない店、座ってはいけない席を認める法律がありました。そういった差別的なルールは今の時代ではとても考えられない。ルールに従い沈黙することで、私たちは加害者にもなりうる。入管で通用している内部規定を人権にかなったものに変えたいと思いました。時代とともに、人権意識や制度も変わる必要があります」

 そして続ける。「この映画でもっとも衝撃的な場面は何か。それは入管が撮影した、収容者が制圧される映像ではないでしょうか」

国会を訪れたデニズさんとトーマス監督(左)。入管問題を巡る参院予算委員会での審議を傍聴席から見守った。映画ではその模様も描かれる=2020年3月

 作品では、トルコ出身のクルド人デニズさんが複数の入管職員に囲まれ、体を抑え込まれる場面が流される。「制圧」と呼ばれるこの行為で暴行を受けたとして、デニズさんは国を提訴。映像はその過程で入管から証拠資料として裁判所に提出されたものだ。

 裁判にまで発展しない限り、こうした入管内部の映像を入手するのは難しい。だからこそ、「密室で起こっている事実を少しずつでも明らかにしていく必要がありました。この映画を見れば、カメラを持ち込んでまで伝えなければならなかったということを、分かってくれると信じています」

 ▽入管問題の根本は外国人への差別意識

 「拷問、虐待だ」「日本人として恥ずかしい」。デニズさんの「制圧映像」の衝撃と反響は大きいという。だが、「入管職員を責めても、問題は解決しません」と監督は強調する。彼らはそうした訓練を受け、組織の方針を実行しているに過ぎない、と。「入管や難民認定の制度を支えるのは誰か。私たちの無関心です。この映像を見て大変な状況だ、で終わってほしくない。映画を観て、おかしい、変えたいと思ったなら、もう知らなかった自分には戻れない」

約4年に及ぶ収容から仮放免されたデニズさん(右)を見つめるトーマス監督。カメラの前で収容実態を訴えた当事者への感謝を忘れない=2020年3月、牛久入管

 さらに、入管問題の根本にあるのは「外国人への差別意識ではないか」と監督は問いかけた。その本質には「異質なものを排除したい心理がある」と指摘し、この国への希望を語った。

 「自分と違う生き方をする人を排除しようとする社会は息苦しい。全員が違うものを持っている中で、その違いを認め、誰もが平和に暮らせる社会が豊かだと思う。私は日本が好き。だからこそ多様性を認め合う、そんな国になってほしい」

〈上映スケジュール〉映画「牛久」は東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」ほか全国で順次公開中。

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 トーマス・アッシュ 1975年生まれ。米ニューヨーク州出身。2000年に来日、政府のJETプログラムで英語助手として働く。英国に留学して映像技術を学び、日本で映画制作を開始。原発事故で被災した子どもたちに焦点をあてた「A2-B-C」(13年)、「在宅死」を選ぶ家族の絆を描いた「おみおくり~Sending Off~」(19年)など。

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