東京オリパラのレガシーを継承しよう 言語的マイノリティに配慮したオリパラを!

By 伊藤 芳浩

 東京2020オリンピック ・パラリンピックのビジョンの一つは「多様性と調和」であり、「全ての人が、誰一人取り残されることなく尊重される」となっています。マジョリティ(多数派)もマイノリティ(少数派)も共に参加できる素晴らしいイベントを目指していました。

テレビ中継に手話通訳が映っていない痛恨の事態

 ところが、この東京2020オリンピック開会式において、マイノリティである「手話を生活のベースとしている者」に対する配慮が足りていない状況が発生していました。無観客の開会式会場でのオリンピック・スタジアム(国立競技場)で表示されているディスプレイには、手話通訳がワイプで入っていたのですが、多くの方が見ているはずのテレビ中継には手話通訳が映っていなかったのです。非常に残念でした。

言語的マイノリティにも配慮を

 日本では、手話を生活のベースとしている者は約8万人いるとされています。たったの8万人しかいないと思うか、8万人もいると思うかは、人それぞれだと思いますが、「全ての人が、誰一人取り残されることなく尊重される」オリンピックを目指している以上は、なるべく多くの人たちに寄り添うのが大切だと思われます。また、あまり多くの人には知られていないのですが、「日本語」と「日本手話」は文法体系が異なる別の言語であり「日本語」を文字の形で表現する字幕だけだと理解できない人たちが存在しています。「字幕」だけでなく「手話通訳」も映すなど、多様な人々に配慮した放映が必要です。

繰り返し起こる言語的マイノリティに対する配慮不足

 この「手話通訳」がテレビに映らなかったのは、これまでも何度か起きており、その度にマイノリティの人たちが声をあげて改善されていたという歴史があります。直近で言えば、国や各自治体の首長によるコロナ会見においても同様なことが起きていました。手話通訳がついていなかったり、ついていてもテレビに手話通訳が映らなかったりしました。その時の教訓が全く活かされていないのは残念なことです。すべてのイベントに携わる人(企画運営・放映など)に言語的マイノリティに対する配慮の必要性を認識していただきたいものです。

言語的マイノリティに対する配慮の差が現れている日本

 なお、東京2020オリンピック開会式を中継した韓国、台湾、カナダなどのテレビでは、しっかりと手話通訳が映り込んでおり、日本との対応の差が現れた形となってしまいました。

言語的マイノリティの声が当局に届く

 この事態を受け、全日本ろうあ連盟をはじめ、NPOインフォメーションギャップバスター、超党派の地方議員からなる手話推進議員連盟などの各団体や多くの方々や議員がNHKなどに手話通訳をつけて放映して欲しいと要望しはじめました。
https://www.jfd.or.jp/2021/07/26/pid22283

https://www.infogapbuster.org/?p=4779

イベントでの初の試み「ろう通訳」の意義

 多くの方からの要望を受け、NHKは手話通訳放映を検討することになりました。その結果、オリンピック閉会式では、手話通訳が放映されることになりました。

 Eテレではオリンピック中継の映像の右側にろう通訳が第一言語である日本手話を使用して通訳をしていました。ろう通訳は、ろう者がフィード通訳者(フィーダー)と呼ばれる聴者の表す手話を読み取って、自分の使用している日本手話に通訳する形で行われています。

 「ろう者と聴者の協働作業であり、テレビ画面に映らない聴者のフィード通訳者(フィーダー)にも関心がある!もっと知りたい!ろう通訳の裏側のドキュメンタリー希望!」などの声が多く上がっています。

 たまたま台風速報が入って総合テレビが放映を中断したこともあり、多くの人がEテレに流れて、手話通訳を見る形になったため、多くの人の注目を浴びて、Twitterでは「手話の人」ということでトレンド入りするほどでした。

https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/news/202108080001246.html

 多くの当事者からはろう通訳がつくことで内容がリアルタイムで理解できるといった歓喜の声が上がりました。

 大事なのは、一人も残さず、共に同じタイミングで感動を分かち合えることです。今回、ろう通訳はろう者にも感動を伝える重要な働きをしました。

初めての試みで出てきたさまざまな反応

 今回、初めてイベント全体に手話通訳がついたことで、様々な反応が出てきました。初めて手話通訳を見た一般の方が手話の人(=手話通訳)が何もしていないのがシュールという感想が出てきました。この場面は、音声による情報が何もないため映像を見てくださいという意味で、手話表出を止めています。手話通訳はすべて機械的に音声を伝えるのではなく、必要に応じて省いたりすることもあります。英語や仏語のアナウンスの時も同様です。このように手話通訳の仕方に対して、一般の方の理解も今後広まって欲しいものです。

 時間帯によっては、手話通訳が同時に2人映る現象が発生しました。総合テレビでは、バッハIOC会長、橋本組織委会長の挨拶の時だけワイプで会場にいる手話通訳(聴通訳)を合成で放映していました。Eテレはおそらく総合テレビの映像を流用していたため、同時に映されることになったのではないかと推測します。

 そのため、一部の視聴者からは、「どっちを見たら良いか分からない」「ろう通訳の必要を認識した」「ろう通訳と聴通訳を比較するにしても双方への敬意が必要」というコメントがありました。

 また、「ろう通訳が気になり、字幕の内容が入ってこないので総合の方に手話通訳のない字幕を出して視聴した」「字幕表示が遅れて表示される」といった情報が競合・干渉する現象が見られました。

 どれが優れているかということではなく、多様な形態の中で、自分のニーズに合っている選択肢を自分で取捨選択できることがとても大切です。

情報アクセシビリティ規格の導入で放送におけるインクルージョンを実現

 現在、字幕はリモコンボタン1つで表示・非表示を切り替えることができます。しかし、手話通訳は切り替えることができないからだ、という技術の問題なのでは、と考える人もいるでしょう。実は、日本発の国際的アクセシビリティ規格 (IPTVアクセシビリティ国際標準ITU-T H.702)を適用すればこれが可能になります。この規格を適用すると、テレビ番組に対して、テレビ放送の枠の中で対応していたものが、インターネット側からの字幕や手話の動画のデータを準備して重ねて映すことが可能となります。このような規格を導入することで、多様な情報チャンネルの中から自分に必要なものを選択できるようにすべきではないでしょうか。音声、手話、文字の揃う画面こそ「多様性と調和」を実現するオリンピック・パラリンピック放送だと考えます。すべての人が等しく情報を得ることができるアクセシビリティが1日でも早く実現できることを願ってやみません。

© NPOインフォメーションギャップバスター