【読書亡羊】フランス発・中国の「見るも明らかな捕食行為」 ピエール=アントワーヌ・ドニ著、神田順子監訳『世界を食らう龍・中国の野望』(春秋社) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

フランス版「目に見えぬ侵略」!

オーストラリア発の『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社)は、中国がいかに水面下でオーストラリア社会への浸透を図り、その影響が政財界はもちろん、学会や社会そのものにまで及んでいるかを明らかにし、世界に衝撃を与えた。

一方、本書『世界を食らう龍・中国の野望』は、近年の中国がもはや「目に見えぬ」手法での浸透を図るのではなく、誰が見ても明らかな捕食行為を行っていると指摘する。並べて読めば、中国がわずか数年のうちにその牙を隠さないどころか、剥き出しにして各国を威嚇するようになった変化を否応にも感じざるを得ないだろう。また、邦訳版は原著刊行からわずか半年程度で発売されたというスピード感からも、中国に対する国内外の注目の高さがうかがえる。

『目に見えぬ侵略』の著者、クライブ・ハミルトンは本誌でもおなじみだが、いわゆる人権派で、環境問題にも造詣の深いきわめてリベラルな思想の持ち主だ。ゆえに、中国に対するスタンスの自由を許さず、他国の政治や他者の思想にまで介入してくる中国に危機感を抱いたと取材等に答えている。

『世界を食らう龍・中国の野望』の著者、ピエール=アントワーヌ・ドニも同様だ。AFP通信社で北京特派員を務めた経験もあるドニは、確かに本書で中国を厳しく指弾してはいる。だが、その筆致から民族主義的な部分や、人種差別的な要素は感じられない。

第一章で綴られているように、ウイグル人への弾圧やチベット人へ向ける視線は、むしろ人類愛に満ちてさえいる。ドニにはチベットに関する著書(『チベット受難と希望――「雪の国」の民主主義』、岩波現代文庫)もあり、リベラリズムの観点から、中国に警鐘を鳴らしているのである。

「捕食者」中国が食らうフランスの原子力技術

ウイグル人やチベット人を巡る人権問題、環境問題、テクノロジーや機微情報の窃取、民主主義か否かの思想の問題と、本書が扱う分野は非常に多岐にわたる。だがドニの問題意識と幅広い取材、多くの資料を活用して、「捕食者・中国」の全体像を浮かび上がらせている。

日本でも経済安全保障推進法案が審議されるように、中国と密接になりすぎた貿易・製造など経済面での結びつきと、それによって活動しやすくなっていた中国人の産業スパイの問題は、フランスでも強く警戒されるところのようで、第三章で〈未来のテクノロジー 中国は「世界の工場」から「世界の研究所へ」〉と題して一章を割く。

ここで何より驚かされたのは、核保有国であるフランスの原子力技術が、〈いやおうなしに〉中国に吸い上げられたという指摘だ。

本書によれば、フランスの電力会社・EDFや、フランスの原子炉メーカー・フラマトムは中国でビジネスを始めるにあたり、強制的にジョイントベンチャーの形を取らされ、中国への技術移転が義務付けられたのだという。それにより、フランスが数十年かけて構築してきた民生用原子力のノウハウや技術を、中国人技術者たちが短期間のうちにすっかりマスターした、というのだ。

技術を取られ並ばれただけではない。フランスの原発稼働が技術的、資金的な理由で立ち遅れている間に、中国は一気に抜き去り、すでに国内でEPR(欧州加圧水路)型という新式の原子炉を複数稼働するに至ったという。ドニは思わず〈冗談ではない!〉という叫びを綴っている。

また、そうした「移転技術」と国内での研究のたまものか、中国の核融合技術も世界のトップに躍り出ている。ドニ曰く「再生可能エネルギーの聖杯」と期待されている核融合の実験で、中国が世界記録を保持しているという事実。

ちなみに後を追っているのは韓国だといい、では日本はと言えば、技術を手掛けるベンチャーはあるものの、投資家の動きは鈍く、政府の支援も他国に比べると規模が小さいというありさまだ。

「中国の真実と向き合うときが来た」

原著は2021年8月にフランスで出版されており、それゆえに2020年からのコロナ禍における中国の振る舞いにも言及している。このコロナ禍こそ、それまでは「目に見えぬ」形で行われていた中国の工作を、「あからさまに目に見える」形に変えさせた大きな一因だろう。

コロナ禍でその牙を隠そうともしなくなった中国の攻撃的姿勢は、「戦狼外交」と呼ばれる外交官や広報官たちの言動が何よりも物語っている。さすがに2021年6月には習近平が「信頼され、愛され、尊敬される中国のイメージを築くよう要請した」とされるが、これに対してドニはこう皮肉っている。

2012年に習近平が最高権力の座に就いて以来、中国とその「戦狼」たちは、地球上の多くの国と仲違いをする、という見事な(注:原文は傍点)パフォーマンスを見せた。

そして、多くの中国研究者やジャーナリストにこう呼びかけるのだ。

私たちが真実と向き合うときが来た。私が知っている中国研究者と現代中国の現実を認識している人のほぼ全員、そして中国での取材経験が豊富なジャーナリストの多くが、中国政府と距離を置くようになった。中国から目を背けて鼻をつまんでいる人さえ大勢いる。私には、彼らの気持ちや考えを勝手に代弁するつもりなどさらさらない。だが目を開こうではないか。知っているのに沈黙を保つことは、ある意味で共犯者になることではないだろうか?

この呼びかけは、もちろん日本にも向けられている。

本書でこれでもかと指摘される「捕食者・中国の真実」から目を背けてはならない。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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