ウィル・スミス、よくやった!|花田紀凱 今年の米アカデミー賞授賞式で、コメディアンのクリス・ロックを平手打ちした俳優のウィル・スミス。ウィル・スミス擁護の声がアメリカで大きくなると思っていたら――。

カミさんが罵倒されて黙っているのか

カミさんと2人、銀ブラを楽しんでいたら、いきなり絡んできたチンピラが、カミさんに向かって大声で、

「このブス!」

そんな時、あなたならどうする?

大人になってから、殴り合いのケンカなんかしたことのないぼくだって、チンピラに向かって行くだろう。そうしなけりゃ腰抜けだ。

アカデミー賞授賞式で、俳優のウィル・スミスが、司会のクリス・ロックにビンタを張った事件、例えて言えばそんな事件なのだ。

ウィル・スミスの妻ジェイダ・スミスはかねてから脱毛症に悩み、しかもそのことを公表していた。

だから、クリス・ロックは当然、そのことを知っていたはずだ。

顔のアザで悩んでいる女性や脚をケガして変な歩き方をしている人を公衆の面前で笑いものにすることは、たとえコメディアンであっても許されまい。

だから、ニュースでそのシーンを見て当然、ウィル・スミスは「よくやった」と称賛されると思っていた。

ところが、アメリカではウィル・スミスの方に批判が集中。

全米映画俳優組合は批難声明。

「仕事現場での暴力や身体的虐待は全く不適当で容認できない」

ロサンゼルスタイムズは論説でこう書いた。

〈スミス氏はハリウッド黒人の誇り高き夜を汚した。アカデミー賞が、『恥の殿堂』をつくりたければ、スミス氏はその最初の1人になるだろう。〉

CNN。

「ロック氏のジョークが正しいわけではない」としつつ、主演男優賞を受賞したことを踏まえ「アメリカンドリームの最高と最悪の面を体現した」。

それほど騒ぐことか

女優のミア・ファロー。

「ただのジョークでしょ。それがクリス・ロックの仕事。今回のジョークは彼にしてはマイルドな方よ」

ジム・キャリー。
「気分が悪くなった。それなのに(受賞すると)みんな総立ちで拍手を送ったんだよ。ハリウッドは骨抜きだと思ったね。ぼくはウィルに2億ドルの損害賠償を要求する訴訟を起こすと発表したいくらいだ」

伝説のバスケットボール選手アブドゥル・ジャバーも自身のコラムでこう批判。

「ウィル・スミスはとても悪いことをした。あの一発で、彼は暴力を推奨し、女性を虐げ、エンタメ業界を侮辱し、黒人に対するステレオタイプを強化したのだ」

アカデミー賞委員会もウィル・スミスの除名、主演男優賞の剥奪を検討中だという(ウィル・スミス、本人が先手を打つ形で脱会)。

誰もウィル・スミスを擁護しない。

もう一度言う。

それほど騒ぐことなのか。

たかが平手で顔を張っただけ。クリス・ロックがケガをしたわけでもない。

そこでひと言、スマンと謝るか、コメディアンなら、ジョークの一つも飛ばせば、会場、爆笑で終わったのではないか。

今回の件でぼくが嫌なのは、アメリカ人の反応に、ポリコレに通じるものを感じるからだ。

今、ポリコレ全盛のアメリカでは、「メリー・クリスマスはキリスト教徒の祝祭を非キリスト教に強要することになるから使ってはいけない」とまでなっているらしい。

今回のウィル・スミス批判、なにか、それと同じ臭いがする。

(初出:「夕刊フジ」4月6日)

花田紀凱

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