肩・肘に負担かけずに硬式に近いボールを開発 「7代目」軟式球に詰まった老舗の技術

「ナガセケンコー」の長瀬泰彦会長【写真:間淳】

「ナガセケンコー」の転換期は1969年から16年間使用の“4代目”軟式球

少年野球用のゴム製ボールには100年以上の歴史がある。昭和初期には200以上あったメーカーが4社にまで減る中、「ナガセケンコー」は常に業界のトップを走ってきた。現在の軟式ボールは規格が統一されてから「7代目」。創業88年の老舗メーカーは「子どもたちの体に負担がかからない硬式に近い軟式ボール」を追い求め、技術を結集した「7代目」を完成させた。

【写真】肩や肘に負担をかけずに硬式球に近い感覚を求めた新軟式ボールの貴重な断面写真

日本ならではの文化とも言える軟式野球の歴史は長い。1918年に少年野球用のゴムボールが誕生し、その10年後に「軟式野球」という名称が付けられた。子どもから大人まで幅広い世代に競技が広がり、この頃は軟式ボールを製造するメーカーが200社を超えた。

ただ、メーカーによってボールの規格が異なるため、1946年に白いゴムを二重張りにした「菊型ボール」に初めて統一された。「初代」から改良が重ねられ、2018年から導入されている現在の軟式ボールは「7代目」となっている。1934年創業の老舗メーカー「ナガセケンコー」で長年ボールを製造してきた技術部長の桜庭常昭さんは、1969年から16年間使用された「4代目」を「軟式ボールの転換期」に挙げている。

「ボールの内側に黒いゴムを使ったのが4代目でした。硬度と耐久性が格段に上がりました。硬くすることで飛距離が出るようにもなりました。ボールを開発するヒントになったのは車のタイヤです」。

車好きの前会長が黒いゴムを使った二重構造を考案

4代目のボールに黒いゴムを使うよう発案したのは、2年前に他界した長瀬二郎さん。ナガセケンコー長瀬泰彦会長の父にあたる。車好きだった長瀬二郎さんは、車の安全性を支えるタイヤのゴムに着目し、軟式ボールの表面は白いゴムのままで内側に黒いゴムを使う二重構造を思い付いた。白いゴムだけのボールはバットで打つと、だんだん膨らんでいく。一方、カーボンが入った黒いゴムは強度が出るためボールを硬くできる。ボールの変形を少なくして、飛距離を生み出した。

ただ、1つ問題があった。ボールは硬くすると割れてしまうのだ。ナガセケンコーは変形を抑えて、なおかつ割れないボールを目指した。天然ゴムに配合する薬品の割合を細かく調整。さらに、黒いゴムに白いゴムを張り合わせる時、真空にする技術で硬くても割れない軟式ボールを完成させた。白と黒、2つのゴムを使った二重構造は現在のボールの原型となっている。

2018年から導入され、主に中学生以上が使っている「M号」にはナガセケンコーの技術が詰まっている。追い求めているのは「子どもたちの体に負担がかからない硬式に近い軟式ボール」だ。軟式と硬式の違いに挙げられるのがバウンド。以前使用されていた「M号」とほぼ同じ大きさの「A号」は、150センチの高さから土に落下させると80センチ弾んだ。同じ条件で硬式ボールは20センチしかバウンドしない。

ゴムでできている軟式ボールが硬式より弾むのは当然だが、ボールの中に使う黒いゴムが改良され、「M号」は54センチまでバウンドを抑えている。また、「M号」は「A号」よりもボールの変形を抑えて回転がかかりやすいようにして「軟式は安打や長打が出にくい」という指摘にも対応。実際、本塁打の確率は高くなっているという。

バウンドを抑えた「M号」は「スムーズに硬式に入る手助けに」

技術を駆使した結果、「M号」は「A号」よりも2グラム重い138グラムとなっている。心配される肩や肘への影響について、次のような実証結果が出ている。硬式ボールを100とした場合、「A号」で直球を投げた時の疲労は94、変化球は115だった。一方、「M号」は直球が95、変化球が119とわずかに増えたものの、専門家から「体への影響はない」との評価を得た。

肩や肘に負担をかけずにボールの大きさや重さ、バウンドを硬式ボールに近づけることに成功。小学生用の「J号」は1グラム重く、直径は1ミリ大きくした。ナガセケンコーの桜庭さんは「小中学校で軟式を経験して硬式に移行する子どもは多いので、M号は子どもたちがスムーズに硬式へ入る手助けになると思います。80年を超える歴史を持つ会社の技術を結集したボールです」と胸を張る。

昭和初期には200社以上あった軟式ボールを製造するメーカーは現在、4社まで減っている。競技人口が減少している軟式野球の未来は決して明るいとは言えない。だが、ナガセケンコーには業界の先頭を走ってきた矜持と使命感がある。祖父が立ち上げた会社を継承している長瀬泰彦会長は語る。

「長年にわたって軟式ボールを開発してきました。軟式野球連盟、同業者、ユーザー、色んな方面から意見を聞いて、支持されるボールをつくっていくのが役割だと考えています」。

軟式野球の歴史とともに歩んできたナガセケンコー。直径70ミリほどの軟式ボールには技術とこだわりが詰まっている。

【写真】肩や肘に負担をかけずに硬式球に近い感覚を求めた新軟式ボールの貴重な断面写真

肩や肘に負担をかけずに硬式球に近い感覚を求めた新軟式ボールの貴重な断面写真【写真提供:ナガセケンコー】 signature

(間淳 / Jun Aida)

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