「カムカムエヴリバディ」とジャズがつないでいくもの

Courtesy of the Louis Armstrong House Museum

家族100年の物語を3世代のヒロインが演じたNHKの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が、最終回を迎えた。終盤に進むにつれ、物語がどうやって回収に向かうのか、ツイッターには1話ごとに大喜利のような感想や予想があふれ、加速度的に盛り上がりを増していった。

従来の朝ドラとは異なり、ヒロインが世代交代していくスピーディな展開によって、時代の移り変わりをめまぐるしく体感するような新鮮さがあった。100年を描くことで、視聴者各々の自らの世代に、ドラマが追いついてくるという興奮もあった。各時代のヒット曲や流行りものがそれぞれのシーンを彩った。それは最終週でついに、「カムカム」を観ている現時点の自分自身までシンクロする。その時、我々は現在を生きている自分から遡って、血をつないでくれた自らの家族のひと続きの歴史と運命に、改めて思いを馳せることになるのだ。

<動画:On The Sunny Side Of The Street (10-?-34)

老若男女すべての世代が見る、最大公約数的に愛される朝ドラである「カムカムエヴリバディ」を支える、大きなテーマのひとつが「ジャズ」だった。ルイ・アームストロング(愛称:サッチモ)が大々的にフィーチャーされ、彼の歌う「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」が、日本全国に毎朝のように流れ出したのだ。日本の音楽界、ジャズ界にとって、ちょっとした事件だろう。初代ヒロインの安子(上白石萌音)は娘に、「るい(・アームストロング)」と名付ける。るい(深津絵里)は娘に「ひなた(サニー・サイド)」(川栄李奈)と名付ける。サッチモによってつながれていく100年の家族史でもあるのだ。

ドラマ全体を通して様々な出会いを生む重要な存在である岡山のジャズ喫茶=ディッパー・マウス・ブルースも、サッチモの曲名から店名が取られている。そして、劇伴のテーマ曲を吹くのは日本のレジェンド的ジャズ・サックス奏者、渡辺貞夫さん。さらには、ドラマ内の架空のレコード店、NANIWA RECORDにそのナベサダの初のリーダー作(『SADAO WATANABE』/1961年)が置かれていたり、店内ポスターの宣伝コメントを書いたスタッフの名前が野口洋三(ジャズ評論家の野口久光+岩浪洋三)になっていたり、遊びはエスカレートしていき、音楽ファンを喜ばせる。

そんな「カムカム」に夢中になり始めていた頃、『ミュージック・マガジン』の毎月のルーティン作業として、各レコード会社の最新のリリース情報を集めていたら、「カムカム」の主題歌「アルデバラン」を歌うAIさんがニュー・アルバム『DREAM』を出すことを知った。このタイミングであれば、取材を受けてもらえるだろう。『ミュージック・マガジン』で「カムカム」を特集することを思いついたのは、この時だった。

AIさんを表紙にして取材する。本格的なニューオーリンズ・ジャズを取り入れた素晴らしい劇伴を手掛ける金子隆博さんや、本誌ではほとんどお目にかかることがないドラマのヒロイン女優に取材する。「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」やルイ・アームストロングを改めて音楽的に解説。…するすると記事立てが浮かんでいった。もし実現すれば、『ミュージック・マガジン』で朝ドラの特集をするのは2013年の「あまちゃん」以来となる。通常の視点とはちょっと違った、音楽誌としておもしろい特集になる。

ひとつ懸念があった。企画している間にドラマが進行し、大月錠一郎(オダギリジョー)が奇病によってトランペットを吹けなくなり、ジャズを辞めてしまったのである。一番ジャズが盛り上がっている時に特集を企画したのはいいが、雑誌が発売になる3月20日の頃にはジャズとまったく関係ないドラマになっているかもしれない。

まずはNHKの広報のSさんに話を持ち掛けると、「素晴らしい特集ですね!」とすぐに乗っていただき、撮影真っ最中の川栄李奈さんの取材スケジュールもまさに合間を縫うように押さえてくれた。そして、さりげなくメールの最後に「雑誌が発売になる頃には、ドラマにジャズが戻ってきます」という言葉をくれたのだった。そのことにも感謝している。

蛇行しながらも、一つ一つ特集は進んでいった。

AIさんの表紙イラストの背景は、あたかもAIさんが「アルデバラン」をドラマの空間の中で歌っているみたいに、ジャズ喫茶Night & Dayのステージ・バックのカーテンを描いてもらった。

特集の下調べを進めるなかで、劇伴を手がける金子隆博さんがサックス奏者だった時代に、ドラマの錠一郎と同じ奇病にかかって、サックスを辞めていたことを知る。取材では、ドラマの物語と金子さんの人生が重なっていくような、運命的なお話を伺うことができた。

取材のほかにも、朝ドラを20年観続けている“ロック漫筆家”の安田謙一さんと、人間行動学者である細馬宏通さんによる二つの「カムカム」論の原稿をお願いした。お二人の角度の違う見事な論考には、きっと膝を打つような気づきと驚きがあるはずだ。

ルイ・アームストロングと「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」名曲カヴァー選の解説は、ジャズ評論家の村井康司さんに直球で依頼した。「カムカム」を欠かさず観ているという村井さんは、ドラマとも絡めた豊かな解説とともに、自らプレイリストまで作ってくれたのだった。

<動画:On The Sunny Side Of The Street

最終的にどんな特集になったのか、ぜひ本誌を確認して欲しい。音楽好きが読む「カムカム」特集として、楽しんでもらえるはずだ。

AIさんの取材当日に、奇しくもプーチンがウクライナへの侵攻を始めた。特集全体をすかしてみると、戦争反対のメッセージも浮かび上がると思う。

コロナ前年の2019年に、ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルに遊びに行った。ニューオーリンズ国際空港に降り立ち、大きなルイ・アームストロング像と一緒に写真を撮った、あの時の自分から、いまこの原稿を書いてる現在の自分は、ひと続きでつながっている。いや、もっと前、高校生の時にジャズに興味を持ってサッチモの中古CDを手にした時からだろうか。そう考えていくと、もっとずっとずっと昔から、家族や友人たち、出会いや別れ、音楽や映画、趣味や仕事、それらすべてが絡みあい、有機的につながって、過去から現在が立体的に見えてくるような気がするのだ。そう、まるで「カムカムエヴリバディ」で描かれた100年史のように。

文;矢川俊介(ミュージック・マガジン)
ミュージック・マガジン2022年4月号:株式会社ミュージック・マガジン

■リリース情報

『ワンダフル・ワールド~生誕120周年記念ベスト』
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