通知表をやめた公立小学校、2年後どうなった?

子ども同士を「比べない」と決めた教員たちの挑戦

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香川小で発行されていた2019年度の通知表(見本)

 神奈川県のある公立小学校は、2020年度から通知表を廃止した。学期末や学年末になると、先生から通知表を受け取った子どもたちが一喜一憂するのは、昔から全国で一般的な風景。廃止は公立小としては極めて異例の取り組みだ。なぜやめたのだろうか。浮かんだ疑問はほかにもある。成績が分からないと、なにかと困るのではないか。そもそも通知表を出さなくてもいいのだろうか。答えを知ろうと、この学校の取り組みを追いかけた。その後の2年間で見えてきたものとは。(共同通信=小田智博)

 ▽大規模学校に着任した校長の問いかけ

 神奈川県茅ケ崎市立香川小学校。各学年は5~6クラスあり、全校児童が千人を超える大規模校だ。国分一哉校長は、以前から通知表の在り方に疑問を持っていたという。18年4月に着任後、教員にこう問題提起した。「良い評価が多かったら喜び、そうでなければ悲しむだけ。それでは意味がないのではないか」

 通知表をやめることも視野に入れた問いかけに、教員たちは驚いた。通知表は全国のほとんどの小中高校で配布されている。その起源は明治時代にさかのぼると言われ、保護者に学習状況を伝えたり、子どもの学習意欲を高めたりすることが目的とされる。

 ただ、国が形式を決めているわけではなく、校長の裁量で内容を変えることは可能だ。名称も「通知表」「通信簿」「あゆみ」などとさまざまな種類がある。そして、実は作成義務もない。つまり、廃止することも可能なのだ。

 香川小で当時使われていた通知表は、1~2年生を2段階、3~6年生を3段階で評価する。2学期制のため、児童は年に2回、通知表を受け取っていた。

 ▽「ずっと嫌だと思っていた」という教諭 

 校長の問題提起を受け、教員同士の議論が始まった。すると、現行の通知表に問題があると考える教員は、少なくないことが分かった。ベテランの三堀あづさ教諭もその一人。「まるで偉い人のお告げみたいに、子どもをランク付けしてしまう。有害なんです。ずっと嫌だと思っていた」

三堀あづさ教諭

 三堀教諭は違和感を抱いていたという。最高評価の項目が多ければ人格的にも優れ、真ん中の評価ばかりなら平凡な人―という図式だ。成績を付ける側にそんな意図がなくても、子どもも周囲もそんな風に受け取り、優越感や劣等感を抱いてしまう。

 勉強が得意な子もいれば、苦手な子もいる。「できる」ことだけを評価するのでは、光が当たらない子どもも多い。だから三堀教諭は、いろいろな観点から子どもをほめるようと心がけてきた。「やりきったね」「優しく言えたね」「面白いね」。普段からのそんな声かけが、たった半年に1回の通知表で台無しにされているように感じた。

 「通知表はインパクトが強すぎる。いくら『通知表には表せない力がある』とほめても、子どもの耳に入らなくなってしまう」と語る。

 ただ、三堀教諭のような廃止論は当初、大勢ではなかった。ほかの教員からは「モチベーションになっている子どももいる」「保護者は通知表がないとさみしいのでは」という意見が出た。ほかに、こんな提案も出された。「3年生以上も2段階評価で統一することで、子どもの間に序列を付ける副作用を和らげてはどうか」

 意見が分かれる中、議論のまとめ役を担った山田剛輔教諭は「何のために通知表を出すのか、という原点に戻って考えよう」と説いた。

山田剛輔教諭

 文部科学省は、学習評価の在り方について「評価のための評価」で終わらせず、子ども自身が学んだことの意義や価値を実感し、目標や課題をもって学習を進めていけるようにすることが大事だと指摘している。教員の指導の改善に役立てることも重要だとしている。

 評価というと、通知表やテストのようなものばかりが頭に浮かびがちだが、毎日の授業で子どもの取り組みに声をかけるのも、提出物にコメントを付けるのも、評価の一つの形だ。山田教諭は、子どもたちの学びを後押しする観点から考えたとき、通知表は望ましい評価の手段だろうかという問題意識を持っていた。

 

国分一哉校長

 教員たちは意見を交わした。国分校長は極力、口を出さずに議論を見守った。校長の権限を振りかざすだけでは、この学校に根付かないと考えていたからだ。話し合いは2年間に及び、最終的に廃止が決まった。

 ▽開始早々、コロナ禍が直撃

 通知表廃止を決めた20年4月からの新年度は、新型コロナウイルス感染拡大による一斉休校という異例の事態の中で始まった。

 学校がコロナ対策で手いっぱいになったことで、保護者に対し、通知表を廃止する意図を十分に説明しきれなかった。すると、保護者からは「通知表のように、紙として残るものを作ってほしい」との声が上がった。

 そこで国分校長は、子どもに自己評価シートを書かせることを提案。子ども自身に、半年間の学習を振り返らせようとした。

 ただ、実際にやってみると、半年間の学習を今後の学びにつながる形で振り返れた子どもは少なかった。教員にとっても、一つ一つにコメントを付ける負担は大きかった。

 この状況に、慶応大の藤本和久教授はこうアドバイスした。藤本教授は定期的に香川小を訪れ、授業の見学や助言をしている。「自分が学んだことを言語化するのは大学生でも難しい。逆上がりがどうしてできるようになったのかは本人にもよく分からないというのと似ている。振り返りにこだわりすぎなくてもいいのでは」

評価の在り方について話し合う教員たち=2020年11月

 教員は試行錯誤の連続だった。通知表をなくした代わりに、これまで以上に子どもの変化や成長に気付き、メッセージで伝えたり、提出物をこまめに返して保護者に学習状況を知らせたりしようと心がけた。その結果、「時間がかかりすぎて授業づくりができない。本末転倒だ」と頭を抱える教員もいた。

 学校で21年1月、保護者アンケートを実施すると、100人超から回答が寄せられた。通知表廃止に対する激励は多かった。

 「わが家は賛成。テストや宿題で子どもの得意、不得意は分かる」「数字だけでは評価されない、細かい部分まで見てくれていた」「日常を評価してもらい、子どもにとってより励ましを得られている」

 一方で、懐疑的な意見もやはり少なくなかった。「日ごろ頑張ってきたことが一目見て分かるものだったので、なくなってしまいとても残念」「中学校でも社会に出ても評価はつきまとう」「この先ずっと競争が続くのだから、自分がどの程度のところにいるのか知っておくべきだ。塾なら模試などで分かる。学校が塾を推奨しているように感じる」

 記者は、アンケート結果が出た時点で学校に話を聴きに行った。国分校長は「校長室に遊びに来た子から『ほめられるために頑張ってきたのに』と復活を求められることもあった」と苦笑。それでも、思いは揺らいでいなかった。「5年後、10年後に子どもがどう変わったかが見たい。もうちょっと頑張らないと」

 ▽2年目に教諭が得た確信

 通知表廃止は2年目を迎えた。この時点で、子どもたちに目に見える変化は現れていない。それでも、教員は変わってきていた。通知表がなくなったことで、子どもに優劣を付けるのが当然という発想から自由になったためだ。

3年生の教室=2021年11月

 21年10月の運動会。コロナ禍で種目数を減らしたこともあり、これまで紅白対抗で点数を競っていたのをやめた。4年の担任だった山田教諭は同僚と話し、学年の団体競技「台風の目」での目標を「本番で練習よりタイムを縮める」に決めた。

 5クラスが一斉に走り、順位は付いた。これまで、順位が発表されると1位のクラスは大喜びするが、3位、4位となると冷めたようなリアクションにとどまっていた。

 しかし、この日は違った。子どもたちは順位より、何秒で走り切れたかに注目していた。「5秒くらいは縮まったんじゃない?」。ワクワクとどきどきが入り交じった、そんな声が漏れていた。

 1組から順にタイムを発表。そのたびに大歓声が上がり、クラスの仲間とハイタッチしたり、「すごい!」とたたえ合ったり。5クラス全てが記録を更新していた。最下位だったクラスの子どもも「自己ベストが出たよ」と大喜びで校長室に報告に行った。山田教諭は「目指す評価はこれだ」と確信したという。

 21年12月の校内研修会。前年とは打って変わって、一定の手応えや前向きな課題を話す教員の姿が目立った。2年の教員は、子どものテストをファイルにして、保護者に励ましのコメントを書いてもらう取り組みがうまくいっていると報告した。

 5年の教員は、テストの点数を記すのをやめたと語った。山田教諭は、通知表に評価を付ける際の「根拠」が必要なくなったからできたことだと説明する。

 山田教諭自身も点数付けをやめた。「テストの目的は、理解していない問題を把握して次の学習につなげること。入試なら話は別だが、普段のテストで『この問題は5点の配点』『あの問題は10点』ということに何の意味もない」

通知表を巡り、2019年10月に教員同士の話し合いで配られた資料

 通知表の廃止は、教員の時間的な余裕も生んだ。通知表を付けていた時は、評価の「根拠」をまとめたり、何度もチェックを繰り返したりして、何十時間もかけていた。その時間がなくなった分、子どもたちの様子をよりきめ細かく見られるようになった。保護者との面談も充実させ、普段の子どもの姿を直接伝えるように心がけた。

 ▽香川小学校は変わり始めた

 通知表廃止から3回目の春。「他人と比べる」という価値観から距離を取り、評価とは何か、評価はどうあるべきかを突き詰めた2年間を経て、香川小は確かに変わり始めた。国分校長はそう感じている。

 小学校だからできたことだ、という自覚はある。例えば公立中学校での通知表廃止は極めて難しい。高校入試は、中学校の成績が内申点として合否に影響するためだ。社会に出ても、競争や他人の評価と無縁で生きるのが容易でないことは重々承知している。

 小学生だって、中学受験に踏み出せば塾などでシビアな競争にさらされるのが現実だ。それでも国分校長は、優劣を比べるのが当たり前といった今の社会を覆う価値観に染まりきる前に、それが全てではないと肌感覚で知っておくことは、決して無駄ではないと信じている。

 「小学校くらいは『できる』『できない』で比べなくてもいい。この挑戦が他校にも広がることを願っている」