手のひらからこぼれるように失われる命 栄養失調の子どもたちを守りたい

蟹江 信宏

職種

小児科医

活動地

リベリア

活動期間

2020年12月~2021年6月

国境なき医師団を目指したのは、親友を事故で亡くした高校2年生の時。彼が途上国で貧困に苦しむ子どもを助けたいと考えていたのを知り、その夢を引き継ぐことを決意した。15年かけて実現し、小児科医としてリベリアの活動に参加。

重症になって運ばれる子どもたち

MSFが運営する小児科専門の病院 © MSF

西アフリカのリベリアは、アメリカで人種差別を受けていた人びとの帰還によって建てられた国です。「自由(リバティ)」の意味を込めて名付けられたリベリアですが、その願いに反して内戦などにより不安定な状況が続き、世界最貧国の一つです。 私は首都モンロビア近郊で国境なき医師団(MSF)が運営する子ども病院で、診療と現地スタッフの教育を担いました。生後1カ月から15歳未満の子どもを対象とした92床の病院で、100人を超える医療スタッフの内、私が唯一の小児科医でした。 リベリアでは3人に1人の子どもが栄養失調に苦しみ、約20人に1人の子どもが1歳の誕生日を迎えられずに命を落としています(※)。MSFの病院には栄養失調専用の病棟(栄養治療センター)があり、栄養失調の子どもが数多く入院していました。 栄養状態が悪いと、体はとても脆弱になります。腸が弱くなり、入った食べ物は下痢となって栄養が吸収できず脱水になってしまうことも。また、免疫力が落ちて、感染症にかかると重症化しやすくなってしまうのです。 しかし子どもがやせていくだけで病院に連れて行く親は少なく、病院が遠い、病院のことを知らない、お金がない……などさまざまな理由から、重症になってから運ばれるケースが少なくありませんでした。

治療食をしっかり食べられるか?

栄養失調の子どもを診療。入院当初は容体急変のリスクが高い © MSF

自分で食事を食べる力がなくなってしまっている子どもたちは、栄養治療センターに入院して対応します。最初の段階では体調を安定させるための治療用ミルクを与えますが、この時期は病状が不安定で、低血糖になったり脱水になったりすることがあり、とても緊張しました。 通常数日から1週間程度で全身状態が安定し、食欲が回復してきます。次の段階では、高カロリー、高タンパクの栄養治療食「RUTF(Ready-to-Use Therapeutic Food)」を自分で食べられるかテストし、自分で食べられればRUTFでの治療を開始します。

世界各地で使われているRUTF。水などを必要とせずすぐ食べられる© MSF

これを数日間しっかりと食べ続けられれば一安心で、栄養治療センターからの退院となります。

退院後は地域の保健所と連携しながら、各家庭でRUTFを食べ続けます。1、2週間おきに病院に来てもらい、体重がしっかりと増えれば栄養失調治療プログラムから卒業となります。

救えなかった命 涙がこぼれることも

共に働いた仲間たち。落ち込んだ時には励ましてくれた © MSF

実際にはこのように回復する子どもばかりではありません。栄養失調と受診の遅れが大きな原因となり、まるで命が手のひらからこぼれ落ちていくかのように、子どもたちが亡くなっていきました。これまで経験したことのない数の子どもたちの死に立ち会う毎日で、自分の無力さが悔しく、涙が出ることが何度もありました。 ある日、栄養失調の子どもが感染症にかかり、遠くから1日以上かけてお母さんに連れられて病院まで来たことがありました。すぐに集中治療室で感染症の治療を始めましたがすでに手遅れの状態で、翌日に亡くなってしまいました。 お母さんにそのことを告げると膝から崩れ落ち、私の腕をつかんで、「どうして!どうして!私はこれで3人の子どもを亡くした。どうして!」と泣き叫びました。母さんの悲痛な思いが胸に刺さりました。リベリアの子どもたちも日本の子どもたちと同じように家族に愛されて、一人一人の人生があります。早すぎる死によって、これから待っていたはずの人生の続きが閉ざされてしまったのだと痛感しました。 気持ちがふさいでしまうことが多くありましたが、そんな時は現地スタッフたちが声をかけて励ましてくれました。「ベストを尽くしても、どうしても救えずに亡くなる子どもたちがいる。それでも僕らができることをやるしかない」と。気持ちを共有できる同僚たちに支えられて、何とか前を向くことができました。

世界中のプロフェッショナルが力を合わせて

朝の時間を活用し、医療スタッフへ研修を行った © MSF

現場では、日本では経験したことのない難しい症例に直面することもあります。しかしMSFには各分野の専門家にオンラインで相談できるしくみがあり、何度も助けられました。症状を説明し、どんな原因が考えられるかを、循環器内科、神経内科、放射線科などの専門家と話し合うことができます。世界中のさまざまなプロフェッショナルが協力して一人の命を丁寧に見ることができるのは、MSFならではだと感じました。 これまで、MSFに参加すればたくさんの命を救えて達成感を得られるのかと考えていました。しかし実際には、悲しいことや自分の実力が足りないと実感することが多く、まだまだこれからだと改めて感じました。 命は比べられるものでもないし、数だけで考えられるものでもありません。またこれからもMSFの活動に参加し、一人一人の命に丁寧に向き合っていきたいと思います。

宿舎には猫の家族が住んでいて、皆でかわいがっていました。落ち込むことがあった日も、子猫たちの姿に心が癒されていました。

猫たちの様子はこちら

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