500以上の少年野球チームを取材 軟式ボール老舗メーカーの3代目は“二刀流”

「ナガセケンコー」の長瀬泰彦会長【写真:間淳】

ナガセケンコーの長瀬泰彦会長は野球メディアを運営、自ら原稿執筆する

軟式ボールを製造・販売する老舗メーカーの3代目会長には、別の顔がある。会社とは全く別の活動で、少年野球チームを紹介する野球メディアを運営。取材交渉から原稿執筆、動画の撮影・編集まで全てを1人でこなす。本業に追われながらも6年間、活動を続けているのは理由があった。

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軟式球を製造・販売する「ナガセケンコー」は、長瀬泰吉さんが1934年に創業した。現会長の長瀬泰彦さんは泰吉さんの孫にあたる3代目。軟式球の国内最大シェアを誇る企業のトップでありながら、野球メディア「ベースボール・ジャパン」を運営している。

長瀬さんが「ベースボール・ジャパン」を始めたのは2015年。軟式野球連盟や業者とのつながりは深いが、一方で実際にボールを使う人たちの声を耳にする機会がほとんどなかった。「子どもたちや指導者の話を直接聞いてみたいと思いました」と少年野球チームの取材を始めた。

もちろん、原稿を書いたことも動画を編集したこともない。まずはチームの情報を集めて、取材のアポを入れた。既存のメディアを参考にしながら、監督にインタビューし、チームの特徴を原稿にまとめる。原稿にはチーム方針や練習時間、保護者の関わり方や活動費など様々な情報が盛り込まれている。動画は当初、撮影するだけで精いっぱいだったが、知人のアドバイスを受けて編集ソフトを使えるようになった。全ての作業を1人でこなし「劇団ひとりですね」と笑う。これまでに取材したチームは500を超えた。

「子どもたちが自分に合ったチームを選ぶ手助けになれば」

自分たちが作った軟式球を使う人たちの声が聞きたい思いで始めた活動は今、もう1つの目的がある。「チームの情報を提供して、子どもたちが自分に合ったチームを選ぶ手助けになったらいいなと思っています」。チームには、それぞれ特徴がある。評判の良いチームに入ったとしても、全ての子どもたちが楽しく感じるとは限らない。長瀬さんは多くのチームを知れば知るほど、価値観が1つではないと感じている。

例えば、否定的な意見が多いお茶当番も、悪いと決めつけることに違和感があるという。「野球は地域性が色濃く出るスポーツだと思います。お茶当番が合っていると感じる地域やチームもあります」。全てのチームにお茶当番の廃止を強要するのではなく、各チームの特徴を知った上で、子どもたちや保護者が選択できるのが一番だと考えている。

500以上のチームを取材している長瀬さんは、指導者の苦労を見る時がある。「保護者の方々は指導のレベルが高くて、親の負担が少なくて、費用が安いチームを求めると思いますが、そのようなチームは、なかなかありません。限られた時間の中でボランティアのような形でやっている監督は少なくありません」。

時間的、金銭的にゆとりのある指導者ばかりではない。子どもや保護者の期待に応えるのも限界がある。チーム選びには指導内容、保護者の負担、費用などに優先順位をつける必要がある。子どもたちが希望に近いチームでプレーして野球を楽しめるように、長瀬さんは老舗メーカーの経営とメディア運営の“二刀流”を続ける。(間淳 / Jun Aida)

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