鎮魂の心、昔も今も

 列車に姉と弟、それに家庭教師という青年が乗り込んできた。六つほどの弟ははだしで、髪を濡らし、がたがた震えている。12歳ほどの姉は、顔を手で覆って泣きだした。宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の一場面にある▲「どうなすったのですか」と聞く乗客に青年は言う。「氷山にぶっつかって船が沈みましてね」。ほかの小さな子どもや親を押しのけて救命ボートに乗ろうとは思わなかった。今からこの列車で「天へ行くのです」と▲「タイタニック」の名は出てこないが、1500人ほどが命を落とした大惨事を10代半ばで知った賢治は、心を痛め続けたのだろう。のちに書いた物語の中で、海に沈んだ小さく、若い3人を銀河鉄道の旅に招き、鎮魂の心を表している▲北大西洋で豪華客船が氷山に衝突したのは1912年4月14日の深夜で、翌日の未明に沈没した。きょうで惨事から110年。大ヒット映画のシーンを思い浮かべる人もいるだろう▲人の英知を集めて造られた物、安全と信じられていた物が、自然の威力の前で瞬く間に崩れていく。長い歳月を挟んで、悲劇は現代の災害に通じるようでもある▲熊本地震の前震から6年。きょうという日は、鎮魂の心を表す日であり、「まさか九州で」と言葉を失った夜を思い起こし、いま一度わきまえる日でもある。(徹)

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