熊本地震後に設置 災害派遣精神医療チーム「DPAT」 隊員確保、技能向上に腐心 コロナで研修会開けず 鹿児島

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避難所で被災者らの心のケアに当たる新里研吾医師らのチーム=2016年6月、熊本県宇土市(鹿児島県立姶良病院提供)

 大規模災害時などに精神保健医療の支援を担う災害派遣精神医療チーム(DPAT)。被災地で精神科病院の患者や被災者の心のケアに当たる専門集団だ。鹿児島県内では、2016年4月の熊本地震後に設置された。災害への体制づくりが進んでいるが、新型コロナウイルス下で研修会が思うように開けず、関係者は隊員の確保や技能向上に腐心している。

 DPATは専門的な研修や訓練を受けた精神科医、看護師、業務調整員ら1チーム3〜5人で構成する。11年3月の東日本大震災を契機に全国各地で発足。おおむね48時間以内の急性期活動を担う災害派遣医療チーム(DMAT)と違い、活動期間が発災直後から中長期にわたるのが特徴だ。

 熊本地震の発生当時、鹿児島県にDPATは未整備だったが、県立姶良病院と鹿児島大学病院、県庁職員のチームが現地入り。4月16日の「本震」翌日から6月末まで、交代しながら延べ50人が活動した。

 県立姶良病院元診療部長で、現在非常勤の新里研吾医師(54)は4月20〜22日、震度7を2度観測した益城町に入った。避難所や家庭を回り、保健師から依頼のあった15人前後を診察。「余震が怖くて眠れなかったり、建物の中に入れなかったりという子どもの不調に関する相談が多かった」と振り返る。

 話を聞くだけで落ち着きを取り戻す人が多かったものの、避難生活が長期化すれば、不眠からパニック発作、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などにつながる恐れもある。「精神科でしか扱わない薬も多く、被災地では専門的な対応が重要」と強調する。

 DPATの活動は、被災した精神科病院の支援に始まり、避難所の巡回、行政職員のメンタルケアへと段階的に移っていく。新里医師も6月に再び熊本入りした際は、行政職員向けの講話が中心だった。「活動が長期になる分、対応も多岐にわたる」という。

 熊本地震で命を落とした計276人のうち「直接死」は50人。それ以外の約8割は、避難生活の疲労や持病悪化など間接的な原因による「災害関連死」だ。

 熊本地震の教訓を踏まえ、鹿児島県は17年度にDPATを整備。県障害福祉課によると、県の保健医療計画で23年度までに10チームを目標に掲げており、現時点で5病院8チーム(計29人)が登録している。

 ただ、登録病院は二次保健医療圏(9圏域)のうち鹿児島3カ所、姶良・伊佐2カ所と地域に偏りがある。隊員確保や技能向上に向けた県独自の研修会についても、21年度は新型コロナの感染拡大で開催できず、本年度も感染状況を見ながら対応を模索する。

 同課の川崎誉代・精神保健福祉対策監は「南海トラフ巨大地震が危惧されることを考えれば、大隅半島を含め全県的にチームが必要だ」と強調。県DPAT統括者の一人、県立姶良病院の堀切靖副院長(58)は「実際に鹿児島が被災した場合、スムーズに動けるか不安はある。技能の質を高める研修の在り方も考えながら体制を整えたい」と話す。

DPAT資機材を確認する県立姶良病院の関係者ら=姶良市